研究課題/領域番号 |
20K07424
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研究機関 | 長崎大学 |
研究代表者 |
中島 正洋 長崎大学, 原爆後障害医療研究所, 教授 (50284683)
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研究分担者 |
吉浦 孝一郎 長崎大学, 原爆後障害医療研究所, 教授 (00304931)
柴田 龍弘 東京大学, 医科学研究所, 教授 (90311414)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | Radiation-induced cancer / Animal model / Thyroid cancer / Atomic bomb survivors / Radiation signature |
研究実績の概要 |
我々は、動物モデルと被爆者腫瘍組織を用いて放射線発がんの分子病理学的特徴解析を推進している。これまでにラット放射線誘発甲状腺発がんモデルにより、被ばく後がんに至るまでの分子変化を経時的に解析し、mRNA発現解析にて、がん発症以前からDNA損傷応答、細胞周期調節系、細胞接着因子の有意な変化を認め,非照射群と比較し照射群ではがん,非がん組織ともに,atm,53bp1,xrcc4発現は低下,cdk1,cdkn1a,cdkn2a発現は亢進,cldn4,cldn9,ctnnb1発現は低下を示すことが判明した。その中で4Gy照射16ヶ月後の非腫瘍組織でいくつかのバイオマーカー候補を同定し、droplet digital PCRによるcdkn1a mRNA発現亢進が被ばく甲状腺の良い指標になることを報告した。さらに、被ばく甲状腺発がんの分子疫学的特徴のひとつである、若齢被ばくによるリスク亢進メカニズムについてラットモデルで解析した。これまでの検討で、急性期応答として、増殖活性が高い若齢では、高齢と比べ照射後急激に増殖細胞数が低下し、アポトーシスは誘導されず、オートファジー関連分子の発現が亢進することが判明した。一方、若齢被ばくラット甲状腺組織では、高齢被ばく群に比べ高率かつ多発性に腫瘍が発生し、発がん期においてオートファジーを構成する分子のmRNAの多くが減少する。発生した放射線誘発甲状腺がんでは、オートファジーの実行に必要な隔離膜の構成分子であるLC3とp62の発現が抑制されていることを見出した。これらの結果は、若齢被ばく甲状腺発がんリスク亢進がオートファジー不全に基づく事を示していて、さらにオートファジーの抑制による放射線誘発甲状腺発がんへの影響を検討する必要がある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、1)発がんまでの甲状腺組織と血液を用いてmicroRNA(miRNA)の発現を網羅的に解析、liquid biopsyへの応用の基盤とすること、2)がん組織で放射線誘発がんの遺伝子変異シグネチャーを明らかにすることを目的とする。1)に関してmRNAレベルでのバイオマーカー候補としてcdkn1aが有望である事を見出し、その転写後修飾に関するmiRNAを検索した。さらに、放射線発がんの年齢影響の分子メカニズムのひとつとして、オートファジー不全の影響を見出した。この成果は国際雑誌Scientific Reportsにアクセプトされ、情報発信し一定の評価を得ることができた。現在、「オートファジーは被ばく後急性期の細胞内環境の変化を介して、若齢被ばく甲状腺の放射線感受性と発がんに対し影響を与える」という作業仮説の元、オートファジーの阻害薬ヒドロキシクロロキンの前投与による発がん影響を解析中である、2)に関してはヒトの放射線関連腫瘍組織バンクとして貴重な「長崎腫瘍組織バンク」の試料を用いて、全ゲノム解析を推進中である。特に若齢近距離被ばく群で放射線の関与が高率である、甲状腺がんと肺がんのDNAを対象にし、合計20例の網羅的解析からのデータセットで、合計2214のstructural variants(SV)を検出した。甲状腺がんのSVは顕著に少なく、1kb以下の小規模SVが大半を占め、ランダムに分布していた。肺がんではChr.7,2,19,3,9にSVのhot spotsを見出し、その特徴を解析中である。被爆者腫瘍組織バンクの現状については、昨今の新型コロナウイルス禍で試料収集数が著減しており、貴重な近距離被爆者腫瘍のバンキングが危機的であることを報告した。
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今後の研究の推進方策 |
1)については当初の計画通り、X線0.1、1、4Gyを前頚部に局所照射したラットモデルにおいて、6、12、16ヶ月で採取した甲状腺組織と血液を対象に、RNA-seqによりmiRNAの発現量を網羅的に明らかにする。血液からはExosomeをExoScreen法で濃縮し、内包されるmiRNAを定量的に明らかにする。被ばく特異的バイオマーカーとなるmiRNAを同定し、別に作成するモデル動物(validation set)により妥当性を検証する。 2)については被爆者がん組織の収集を継続しながら、近距離被ばく者と遠距離被ばく者の腫瘍組織を用いて、ヒト放射線関連がん組織の放射線関連変異シグネチャーを同定する。当初の計画通り、各群20例以上を対象に次世代シークエンサー(NGS)にて全ゲノム解析を行う。ゲノム情報は分担研究者である柴田龍弘教授(東京大学医科学研究所 附属ヒトゲノム解析センター)によって継続解読中で、方策に変更はない。
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