カルバペネム耐性腸内細菌科細菌に対しては、有効な抗菌薬がほとんど存在せず、患者の予後も極めて深刻であることから、臨床現場での蔓延が世界で大きな問題となっている。特に大腸菌は、他の腸内細菌科細菌に比べ優勢にヒトの腸内に保菌され、更なる拡散のリスクが高い。また、ヒト腸内に定着した大腸菌は時として尿路感染症や敗血症等の腸管外感染症を引き起こしうる。しかし、カルバペネム耐性の大腸菌のうち、どのようなタイプのものが拡散しやすいのか?、またどういったタイプのものが感染症を引き起こしやすいのか?、についてはあまり明らかではない。本研究では、本菌の拡散・伝播に関わる特性を明らかにするべく、カルバペネム耐性の大腸菌ST8453株に着目して解析を進めた。本系統は、本研究代表者が所属する研究グループが収集したミャンマー由来の臨床、環境排水、食品、及び当地の健康な在留邦人から共通して分離されたものであり、広い拡散を可能にする何らかの特性を有することが予想された。ST8453に近縁な系統であるST167との比較ゲノム解析を行った結果、ST8453に特異的なDNA修飾酵素を見出し、その遺伝子欠失株の作出を行った。得られた変異体と野生株を用いて増殖速度や薬剤耐性度、接合伝達性プラスミドの獲得効率等について比較実験を行ったが、大きな差異は見いだされなかった。異なる実験条件での検討や、バイオフィルムの形成等、他の表現型について検討の余地が残されている。両者の転写レベルでの比較を網羅的に行うために、RNA-seqによる解析を行った結果、複数の遺伝子の発現に差異がみられたが、菌の表現型に与える影響は不明であった。当該遺伝子の機能についての解析をより詳細に行うことにより、ST8453株の特性についての知見が得られることが期待される。
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