エンベロープウイルスが感染する瞬間にウイルス膜と細胞膜の融合が起こるが、その分子機構は解明されていない。ウイルス膜融合タンパク質の中の2つのヘプタッドリピートモチーフ(HR1/HR2)が互いに集合し、それらが引き合う力で膜融合が起こると考えられている。我々はこれまでの研究で、コロナウイルスの膜融合タンパク質であるスパイク(S)蛋白を可溶性受容体及びトリプシンと反応させることにより、実験的に構造変化を誘導できることを報告してきた。今回、構造変化の過程でS蛋白をプロテイナーゼKで処理し、ウェスタンブロット法により分解産物を検出することにより、受容体結合後のS蛋白には46 kDaのプロテイナーゼK耐性コアが形成されることを検出した。この46kDaにはHR1モチーフが含まれず、不安定な構造を形成している可能性が示唆された。HR2模倣ペプチド(HR2-pep:HR1と相互作用してスパイクタンパク質のコンフォメーション変化を抑制する)を用いた実験では、受容体結合段階において、構造が閉じたHR1/HR2モチーフと開いたHR2モチーフの両方が共存することがわかった。さらに、構造変化の温度依存性と時間依存性を評価する実験から、トリプシンによって誘導される構造変化において、まだ閉じていないHR1/HR2モチーフが閉じるのと3つのHR1/HR2モチーフが集合して強固な三量体を形成するのが、同時に起こることがわかった。これらの生化学的知見から、S蛋白の構造変化は中間状態において、よく知られているホモ三量体のプレヘアピン集合体ではなく、非対称の非集合構造をとり、その後6ヘリックスバンドル構造が形成されると結論した。本研究の本題について成果はまだ報告に至っていないが、研究の過程で副産物的に得られた知見を応用して、SARS-CoV-2のレセプター結合力を定量する粒子凝集法を報告している。
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