研究課題
B型肝炎ウイルス(HBV)は膜構造を持ち、不完全な二本鎖DNAをゲノムとする。HBVは肝細胞へ感染すると核内でcccDNA(covalently closed circular: 完全閉環二本鎖DNA)を形成する。このcccDNAより発現するウイルスRNAの一つがpgRNA(pregenomic: プレゲノミックRNA)で、pgRNAを鋳型としてウイルスの逆転写酵素(RT)によりHBVのゲノムDNAが合成される。また、cccDNAからはHBVの膜蛋白質であるHBs抗原を発現するRNAも転写される。HBVの持続感染者は世界で推定4億人存在し、日本でも国民の約1%が感染している。HBVに感染すると慢性肝炎から肝硬変、肝細胞癌、肝不全へ進行する為、生命予後に直接関与するHBV感染の治療は必須である。現在の治療薬はインターフェロン又は核酸アナログである。しかし、前者は重篤な副作用が問題であり、後者はHBVのRTを阻害するもののHBV排除は出来ず、発癌を誘発することがある為、新しい薬物の開発が望まれている。特に、発癌リスクが低下して予後が改善する「機能的治癒」、即ち「HBs抗原陰性化」を達成可能な薬物が求められている。HBVはヒトやチンパンジーには感染するが通常のマウスには感染しない為、我々は、マウス肝臓の大部分をヒト肝臓に置換したヒト肝臓キメラマウスを用いてHBV動物感染実験を行った。その結果、HBVの持続感染依存に発現が有意に変動するマイクロRNA(miRNA)として、miR-210、miR-663a、miR-3648、miR-4453の4種類を同定した。我々はその中でmiR-4453がHBV複製を促進することを発見した上に、更にmiR-4453阻害剤がHBVの複製をin vitro及びin vivoで抑制すること、またHBs抗原量を低下させることも見出した。
3: やや遅れている
HBVの複製を抑制するmiRNA阻害剤は画期的な発見であり、既に特許も申請済みである。しかし、昨今の新型コロナウイルスのパンデミックと、ロシアとウクライナの紛争により、実験試薬や実験用備品の購入に遅れが生じている。普段は1週間で納品されるものが、1カ月経っても届かないことがあり、実験の進展に負の影響を与えている。
2018年にFDAがRNA干渉の創薬としてAlnylam社のpatisiranを家族性アミロイド・ポリニューロパチーの治療薬として初認可して以来、RNA創薬は再度脚光を浴びている。HCVの抗ウイルス薬であるmiravirsen (miR-122阻害薬)、血液がんの治療薬であるcobomarsen(mIR-155阻害薬)、アルポート症候群の治療薬であるRG-012(miR-21阻害薬)等、様々なmiRNA阻害薬でPhase IIの治験まで行われている。本研究と同様に、miRNAそのものではなくその阻害剤を使用する方が成功例が多いのは興味深い。HBV治療薬として、インターフェロンとRT阻害剤以外にも、ウイルス侵入阻害剤やカプシド・アセンブリー(CA)阻害剤の開発も進められている。侵入阻害は新規感染には効果的だが既に感染した患者には効き難い。miRNA阻害剤はRT阻害剤やCA阻害剤よりも作用点が上流であり、HBs抗原陰性化も見込める為、有望な治療薬候補である。将来的には、作用点の異なる複数の抗ウイルス薬を組み合わせてHBVの治療を目指したい。なお、実験遅延の原因である試薬等の納品については、年度初めにまとめて試薬や備品を購入することで、納品の遅れを少しでもなくす努力をする予定である。
新型コロナによるパンデミックやウクライナ情勢の影響で、試薬等の発注が予定通りにできなかったことにより当該未使用額が生じた。必要な実験試薬を早期に発注して、納期の遅れに対応できるように努力する予定である。特に、キメラマウスの解析サンプルは既に準備出来ているので、in vivoでのmiRNA阻害剤の効果をまず解明する為の、miRNA及びtotal RNA精製試薬の購入の費用に充てる。
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mSphere
巻: 6 (3) ページ: e01342-20
10.1128/mSphere.01342-20.