研究課題/領域番号 |
20K07560
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
舟山 亮 東北大学, 医学系研究科, 助教 (20452295)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | シトルリン化 / PADI2 / 大腸がん / 翻訳後修飾 / スプライシング / マイクロエクソン |
研究実績の概要 |
令和2年度は、タンパク質シトルリン化酵素PADI2の酵素活性の制御機構を解析した。また、大腸正常組織とがん組織のRNAスプライシングパターンを解析し、大腸がんの過程でスプライシングパターンが変化するマイクロエクソンを同定した。 大腸のがん組織では正常組織に比べてPADI2の発現量が低下する(Funayama et al., 2017, Cancer Sci)。今回、大腸がん組織の大規模なトランスクリプトームデータセット(TCGA-COAD、512検体)を解析し、大腸がん組織のPADI2 mRNA発現量は正常組織の1/10に低下していることが明らかになった。一方、PADI2タンパク質の安定性はユビキチン化酵素FBXW7により制御されるとの報告がある。しかし、FBXW7のノックダウンは大腸がん細胞のPADI2タンパク質量に影響せず、大腸がん細胞ではFBXW7はPADI2の安定性制御に寄与していないと考えられた。PADI2は細胞の小胞体様の構造に局在することから、PADI2の酵素活性が小胞体ストレスに応答して制御される可能性を検討した。しかし、小胞体ストレス誘導剤(TunicamycinおよびThapsigargin)はPADI2の酵素活性に影響しなかった。高濃度のCa2+を必要とするPADI2の酵素活性がCa2+濃度の低い細胞質や核でどのように制御されるのか、その分子機構は不明である。 ヒトゲノムには数千個のマイクロエクソン(長さが3~15塩基の微小なエクソン)が存在する。マイクロエクソンのスプライシング異常は自閉症の発症と関連することが報告されているが、がんとの関連は不明である。そこで、大腸正常組織とがん組織のマイクロエクソンのスプライシングパターンを解析し、大腸がんの過程でスプライシングパターンが変化する複数のマイクロエクソンを同定した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
PADI2の酵素活性には高濃度のCa2+が必要である。PADI2は細胞内でヒストンなどの多くの基質タンパク質をシトルリン化するが、Ca2+濃度の低い核や細胞質でPADI2がどのように活性を獲得するのか、その分子機構は明らかでない。我々はPADI2の細胞内局在を観察し、PADI2が細胞の小胞体様の構造に局在することを見出した。小胞体は細胞のCa2+貯蔵庫であると同時に、タンパク質の折りたたみを監視する細胞小器官である。この観察から、PADI2は高濃度のCa2+が存在する小胞体に局在し、タンパク質の折りたたみ異常(小胞体ストレス)を感知して酵素活性を調節している可能性を考えた。そこで本研究では、PADI2を過剰発現した大腸がん細胞株を作製し、PADI2のタンパク質シトルリン化活性が小胞体ストレスに応答して変化する可能性を検討した。細胞を小胞体ストレスの誘導剤(TunicamycinおよびThapsigargin)で処理し、タンパク質のシトルリン修飾量をウエスタンブロッティングにより調べたが、シトルリン修飾量に変化はなく、小胞体ストレスはPADI2の酵素活性に影響しなかった。一方、これまでの実験でCa2+刺激非依存的にシトルリン化されるタンパク質のバンドを見出しいる。このタンパク質の同定とシトルリン化制御機構を明らかにできれば、PADI2の活性制御機構を解明できると期待している。また、PADI2の解析と並行して実施したRNAスプライシングの解析では、大腸がんの過程でスプライシングパターンが変化する複数のマイクロエクソンを同定し、その成果の論文発表を準備中である。
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今後の研究の推進方策 |
令和3年度は、PADI2によりシトルリン化される基質タンパク質を同定する。PADI2を発現する細胞をCa2+イオノフォアで処理すると細胞内Ca2+濃度が上昇し、人為的にPADI2の酵素活性を活性化させることができる。しかし、これまでの研究の結果、細胞内にはCa2+刺激非依存的にシトルリン化されるタンパク質が存在することが示唆されている。このシトルリン化タンパク質を同定し、Ca2+刺激非依存的なシトルリン化の制御機構を明らかにできれば、PADI2の活性制御機構の一端を解明できると考えている。タンパク質中のシトルリン残基と特異的に反応する低分子化合物フェニルグリオキサール、および抗原性の異なる2種類の抗シトルリン抗体を用いてこの研究を推進する。また、PADI2を誘導的に発現する大腸がん細胞を作製し、PADI2の時空間的な活性制御機構の解明を推進する。さらに、内在性PADI2を高発現する肺がん由来細胞株、および乳がん由来細胞株を用いて、内在性PADI2の機能解析を推進する。
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次年度使用額が生じた理由 |
令和2年度に実施した小胞体ストレスとPADI2の解析の結果、小胞体ストレス誘導剤はPADI2の酵素活性を上昇させないことが明らかとなった。したがって、小胞体ストレス環境下でPADI2によりシトルリン化されるタンパク質の解析は実施しなかったため、当該助成金が生じた。当該助成金は令和3年度に予定している、Ca2+刺激非依存的にシトルリン化されるタンパク質の解析に使用する。具体的には、シトルリン化タンパク質を特異的に濃縮するための分子生物学試薬、抗体などの生化学試薬、細胞培養試薬、およびプラスチックウェアの購入に使用する。
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