研究課題
020年度は研究実施計画の1、2を中心に検討した。学内の次世代シーケンサーを活用し、DNA損傷に応答して誘導されるlncRNAをRNA-seqにて多数同定した。DNA損傷応答の有無におけるクロマチンの状態を調べるため、ATAC-seqを実施した。さらにDNA損傷応答をつかさどるがん抑制遺伝子p53のChIP-seqを実施し、最終的に3つのlncRNA-p53を同定した。この3つのlncRNAのうち、DNA損傷に応答してクロマチンに局在することが判明したlncRNAについてlncRNA-p53と命名し、以下の進捗状況に述べるようにヒト幹細胞でのlncRNA-p53欠損変異体を作出した。野生型及び欠損変異体において薬剤でDNA損傷を誘導し、RNA-seqで遺伝子変化を抽出した。その結果、幹細胞・がん幹細胞共に未分化性に寄与するとされる遺伝子が抽出されただけでなく、DNAやヒストンの修飾に関与するエピジェネティックな因子も同定された。共同研究により、lncRNA-p53の相互作用タンパクも数百同定した。バイオインフォマティクスを活用し、同定因子の局在を解析したところ、主にクロマチンに局在する因子が多く同定された。興味深いことに、それらの因子にはヒストンの修飾を制御するエピジェネティック因子、及び分化誘導に関わることが知られる転写因子も含まれていた。さらに、lncRNA-p53を薬剤で誘導できる細胞株を樹立した。この細胞でlncRNA-p53を誘導すると、未分化性が著しく減少することを確認した。lncRNA-p53を誘導すると研究計画1で同定したlncRNA-p53の標的遺伝子候補が複数誘導されることを確認したことから、これらの標的遺伝子がヒト幹細胞を分化誘導している可能性が浮上した。
2: おおむね順調に進展している
2020年度は研究実施計画の1及び2で大いに進展があった。まず、lncRNA-p53欠損変異体をCRISPR/Cas9で樹立できた。lncRNAの欠失には通常のmRNAと違い一か所のガイドRNAでは遺伝子の欠失が起きないことが判明した。そこで、lncRNA-p53をすべてカバーするようにガイドRNAを3か所設計し、無事目的の欠失変異体を複数ライン樹立した。このラインを用いてDNAダメージの有無に応じてRNA-seq解析を行ったところ、予想に反して100程度の遺伝子しか変化しないことが判明した。しかしながら、その100の遺伝子の中には未分化性に寄与する因子、がん幹細胞の維持に重要とされる因子、ヒストンの脱メチル化に寄与するエピジェネティックな因子など、幹細胞の維持にもがん幹細胞の形成にも非常に重要と思われる遺伝子群が含まれていた。千葉大学付属病院の西村基講師と共同研究を行いlncRNA-p53を薬剤に応答して誘導する系を樹立し、これらの遺伝子の変化がlncRNA-p53に依存するかどうか確認したところ、RNA-seqで同定した遺伝子群のうち複数の遺伝子がlncRNA-p53の標的であることを確定させることに成功した。次に、計画2において新潟大学教授の松本雅記教授と共同してプロテオミクス解析を実施し、lncRNA-p53の相互作用因子を数百因子同定した。これらの因子をバイオインフォマティクス解析により細胞内局在との関連を調べた。非常に興味深いことにlncRNA-p53には核やクロマチンに局在するタンパクと多く結合しており、計画1で同定した遺伝子群の発現制御に深く関与していることが予想された。実際に、転写制御に深くかかわるエピジェネティックな因子を複数検出したことから、これらの因子が計画1で同定した遺伝子群の発現制御にどのようにかかわるか研究を進展させる予定である。
2021年度は研究計画1~3全てにおいて推進していく。より具体的には、研究計画1で明らかにしたlncRNA-p53の標的遺伝子の意義を明らかにする。また、研究計画2で明らかにした相互作用因子のlncRNA-p53に与える影響を明らかにする。研究計画3では細胞内の局在を精緻に解析することで研究計画1,2で得られた知見の裏付けを行う。2020年度において樹立したlncRNA-p53を誘導する系を研究する過程で、想定外の未分化性の強い抑制が観察された。このとき、何らかの細胞に分化していることが形態学的な解析から予想された。そこで、三胚葉(内胚葉、中胚葉、外胚葉)マーカー遺伝子を複数用い、細胞の系譜を明らかにする。また、lncRNA-p53はDNA損傷に応答して誘導されることから、lncRNA-p53と細胞周期、アポトーシスの関連を調査する。具体的には、RT-qPCRを用いてp53の標的遺伝子群、特に細胞周期及びアポトーシス誘導経路に着目して研究する。lncRNA-p53はヒト幹細胞だけでなく、これまで検討したいくつかのがん細胞(乳がん由来MCF-7など)でもDNA損傷に応答して誘導されることを確認している。そこで、lncRNA-p53を薬剤で誘導するMCF-7を樹立し、がん細胞でのlncRNA-p53の機能を明らかにする。2020年度に、研究計画申請時にはなかったシングルセルRNA-seqを行うための機器、最新型の共焦点レーザー顕微鏡が千葉大学医学部に導入された。この利点を大いに生かし、また上記のように想定外の結果が得られたことから、シングルセルRNA-seqを行い、細胞分化の系譜を明らかにする。また、共焦点レーザー顕微鏡を活用して、研究計画3をさらに推し進めていく。2021年度中に研究成果をまとめ、国内外の学会に発表するとともに、論文投稿を行う。
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Oncogene
巻: 40 ページ: 1217-1230
10.1038/s41388-020-01586-4