研究課題
神経膠腫は比較的頻度の高い原発性脳腫瘍である。イソクエン酸脱水素酵素(IDH)変異が予後良好なマーカーとされるがその理由は不明であったが、申請者は神経膠腫の臨床検体を用いた網羅的メタボローム解析から、予後良好な検体において変異IDHにより産生される腫瘍代謝物(2HG)がカルニチン合成系の酵素を阻害することにより脂肪酸代謝が抑制され、腫瘍の増生が抑制されるという機序を同定した。本研究は、in vitroおよびin vivo系でカルニチン合成酵素 BBOX1が悪性神経膠腫の治療標的であることのPOCを獲得することを目的とする。本年度は、①in vitroの評価系として、ヒト神経膠腫由来細胞U87MGを用いて、カルニチンが細胞増殖を促進することを、カルニチン不含培地とカルニチン添加培地、カルニチン輸送体およびBBOX1阻害剤を用いて明らかにした。さらに、U87MG細胞を基に作製したBBOX1の過剰発現細胞(BBOX1-OE)を用いて、BBOX1が腫瘍細胞の増殖を促進することを明らかにした。次に、②CDXマウスを作製してin vivoでの評価系を構築するために、まずBBOX1を欠失した高度免疫不全マウスを作製し、その性質を検討した。すなわち、NOD-scidマウスを基に、IL2RgおよびBBOX1遺伝子を欠失させたマウスを、CRISPR-Casを用いたゲノム編集技術にて作製した。複数の遺伝子変異を有するマウスを継代し、生殖系列に乗ることを確認した。その形質を確認するために、FlowcytometryにてNK活性の低下を確認しIL2Rgが欠失している効果を確認した。また、低カルニチン食により血清カルニチンが低下することを確認しBBOX1が欠失した形質を有することを確認した。今後、本マウスを用いてCDXマウスモデルを構築し、in vivo系での評価系を構築する予定である。
2: おおむね順調に進展している
令和2年度は計画に従い、まずin vitro系での検討を開始し、次にin vivo系の構築に着手した。まず、ヒト神経膠腫由来細胞U87MGを用いてカルニチンの増殖に与える影響を検討した。通常細胞培養液に添加される血清はカルニチンを含む。そこで、カルニチンを除くために透析した血清を代わりに用い、これをカルニチン不含培地とした。これにカルニチンを添加したものをカルニチン添加培地としたところ、カルニチンの添加により細胞増殖が増加した。また、カルニチン輸送体の阻害剤を添加すると、細胞増殖は抑制した。さらにカルニチン不含培地で、BBOX1を過剰発現させるとU87MG細胞は細胞増殖が増加した。以上から、カルニチンは細胞増殖を増加させること、BBOX1はカルニチン合成を亢進させ細胞増殖に寄与することから、BBOX1は、細胞増殖を抑制する治療標的であることがin vitroで示された。次に、CDXマウスを作製してin vivoでの評価系を構築するために、まずBBOX1を欠失した高度免疫不全マウスを作製した。すなわち、NOD-scidマウスの受精卵を用いて、IL2RγおよびBBOX1遺伝子の標的ガイドRNAを作製し、CRISPR-Cas9と共にエレクトロポレーション法にてゲノム編集マウスを作製した。産児のgenotypingにて選別し、NOD-scid, IL2Rγ-KO, BBOX1-KOのダブルノックアウトマウスのF1を作製した。以上から、当初予定のnudeマウスに代えて、より高度免疫不全となるNOD-scidマウスをベースにした移植用マウスの作製に成功した。
令和3年度は、主にin vivo評価系の確立のために、CDXモデルの構築を行う。1)ゲノム編集により作製したNOD-scid;IL2Rg-KO,BBOX1-KOマウスの検討と選別:当該マウスは、それぞれ複数の遺伝子変異を有するマウスラインを得た。それぞれの遺伝子変異について、フローサイトメトリーによる免疫細胞の検定、およびカルニチン欠乏食を投与した際の血清カルニチンの測定、肝臓のwestern blotによる酵素タンパク質の検定などを実施し、最適のダブルノックアウトのラインを作製する。2)移植用のヒト神経膠腫細胞の作製:同所性に移植した腫瘍細胞の増殖能を非観血的に継時的に観察するために、ルシフェラーゼ遺伝子を導入したU87MG細胞(U87-Luc)を作製しクローン化する。適切な増殖能を有する細胞株を用いて、BBOX1-OE細胞およびコントロール細胞を作製する。一般に、株化した神経膠腫細胞は、腫瘍組織での発現と異なりBBOX1の発現レベルは低い。そこで、生体の状態を反映させるためにBBOX1を発現させた細胞を用いる。3)in vivo評価系としてのCDXモデルマウスの作成と検討:前述の動物と細胞を用い、定位脳手術にて同所性異種細胞移植(orthotopic CDX)モデルを作製する。移植した細胞はルシフェラーゼを発現するため、IVISを用いて腫瘍の大きさを非観血的経時的に観察する。一般に、ヒト脳腫瘍の環境をマウスモデルで完全に再現することは難しい。移植した培養細胞の腫瘍形成の際の血管新生の状態や血液からカルニチン供給の差異などにより実際のヒト腫瘍環境を反映されない場合もあり得る。そのため、高度免疫不全のBBOX1-KOマウスを用いることで血清カルニチン値の低い状態で異種細胞移植が可能になるため、移植細胞でのBBOX1によるカルニチン合成の腫瘍形成への効果の評価が可能となる。
遺伝子改変マウスの詳細な解析が次年度にまたがり、その解析にかかる試薬代や費用等が次年度になったため。
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Biology of Blood and Marrow Transplantation
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