研究課題
近年、がん免疫療法が「第四の治療法」として注目されている。しかし、その治療効果は限定的であり、老化やがんの発症に伴うT細胞の不可逆的な機能不全、 すなわちT細胞の疲弊化が本治療の効果を減弱させる要因の一つであると考えられている。そこで本研究課題では海外共同研究者が実証したPartial Reprogramming(部分的初期化)技術、すなわち一過性に山中4因子を発現させて細胞を部分的に初期化させる技術に着目し、老化やがんの発症に伴うT細胞の疲弊を解除する方法を明らかにし、がん免疫細胞療法の確立に有効な新規のT細胞再生技術を開発することを目的とした。令和2年度、研究計画に従いDox依存性に山中4因子を発現する遺伝子改変マウス(4F-Tg)由来CD8(+)T細胞の機能およびトランスクリプトーム解析から、部分的初期化により細胞増殖の誘導、T細胞の疲弊解除に重要と考えられる転写因子Xの発現上昇、T細胞疲弊マーカーの減弱が確認された。令和3年度、ヒトT細胞への本技術の応用と老齢マウスでの部分的初期化による細胞若返りの分子機構の解明を進め、T細胞特異的遺伝子導入mRNA LNPを開発し、本LNPを用いてヒトT細胞における部分的初期化の機能を評価した。その結果、ヒトT細胞においてもマウスと同様に細胞増殖の誘導、T細胞疲弊マーカーの減弱が確認された。これらの結果 より、山中4因子の一過性発現による部分的初期化は、マウス、ヒトにおける老化・疲弊T細胞の再生においても有効である可能性が示唆された。
2: おおむね順調に進展している
当初の期待通り、部分的初期化によるマウスT細胞の疲弊抑制効果が確認されたため、今年度、ヒトへの技術応用を推進し、T細胞特異的遺伝子導入mRNA LNPを開発した。本LNPを用いることでヒトT細胞に対して簡便かつ安価な遺伝子導入法による山中4因子の一過性発現が可能となった。また本研究過程で部分的初期化技術の標的と期待される複数の候補分子を得ており、より詳細なin vivoでの機能を明らかにするために2つの候補遺伝子に対してはDox依存性に発現誘導できる遺伝子改変マウスの作成を進めた。今年度も新型コロナウイルスの感染拡大により研究の実施に影響が出たが、以上の理由から本研究課題は概ね順調に進展していると考えている。
現在、山中4因子の一過性発現による部分的初期化のより詳細なin vivoにおける免疫細胞への影響を明らかにするため老齢4F-Tgに対するsingle-cell RNA-seqによる免疫細胞の網羅的解析の準備を進めている。今後、この解析を通じてin vivoにおける部分的初期化の分子機構の詳細とT細胞以外の明らかにしたいと考えている。またヒトT細胞に簡便かつ高効率で遺伝子導入できるT細胞用mRNA LNPを開発したが、本mRNA LNPによるヒトT細胞における部分的初期化の安全性の評価を行う。一方、部分的初期化による細胞疲弊解除における標的分子と期待される2つの候補遺伝子に対してはDox依存性に発現誘導できる遺伝子改変マウスの作成を進めた結果、現在これらのキメラマウスを得ている。今後、本マウスを全身性にrtTAを発現するROSA-rtTA Tg遺伝子改変マウスと交配することで、これらの候補分子のin vivoでの細胞老化抑制に対する機能を明らかにしていく。
昨年に引き続き、新型コロナウイルスの感染拡大と老齢遺伝子改変マウスの準備に時間がかかり、本研究の実施に影響がでたことから、翌年度に一部の研究内容を実施することに変更した。
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すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (4件) (うち国際共著 1件、 査読あり 3件) 産業財産権 (2件)
Nature Aging
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