アルツハイマー病(AD)予防のための新しい知識基盤を得るため、血管内皮細胞でのKIF13B-LRP1複合体によるβアミロイド(Aβ)の脳から血中への排出機構の解明を目指した。しかし培養した脳血管内皮細胞ではLRP1が5%程度に減少し、単離脳毛細血管から表面の大部分を覆うグリア細胞等を除去すると血管構造が破壊されたため、血管内皮の脳から血管内へのAβ輸送の分子メカニズム解析が困難となった。そのため、ADの重要なリスク因子の一つである動脈硬化、その原因である高脂血症の発症機序解明に方向転換した。 女性は閉経後に血中中性脂肪が上昇しADのリスク因子の動脈硬化になりやすい。エストロゲンは性周期の調節以外にもエネルギー代謝、特に脂質代謝に関与することが知られており、胃壁細胞から分泌されるエストロゲン(胃エストロゲン)によるADのリスク低減の可能性を検討した。エストロゲン合成に3個のNADPHを使うことに注目し、壁細胞が脂肪酸をエネルギー源とすること、血中中性脂肪値の上昇に伴い胃依存的に血中エストロゲン値が上昇することを見出し、胃が血中脂肪(中性脂肪、脂肪酸)値に合わせてエストロゲンを分泌することを明らかにした。 エストロゲンは摂食行動、脂肪合成、脂肪の血中への放出を抑制し、脂肪の蓄積・消費を促進することが知られている。申請者は今回の結果と合わせて「血中脂肪値が上昇すると胃エストロゲン分泌が増加し、脂肪の摂取、合成、血中への供給を抑えると共に脂肪組織への回収や血中脂肪の消費を促すことで血中脂肪値を下げる」というモデルを提唱した。このモデルを用いると、「閉経により血中エストロゲンが低下すると体が血中脂肪が低下したと判断し、血中脂肪値を高めることでADのリスク因子である動脈硬化を引き起こす」と説明でき、全く新しい血中脂肪濃度の調節機序が明らかになると共に、AD予防の新しい方向性が示された。
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