研究課題/領域番号 |
20K07795
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研究機関 | 東京理科大学 |
研究代表者 |
礒濱 洋一郎 東京理科大学, 薬学部薬学科, 教授 (10240920)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | アクアポリン / 漢方薬 / 気管支喘息 / 感染性胃腸炎 |
研究実績の概要 |
近年,水チャネルとして知られるアクアポリン(AQP)類AQP類は単に体内での水の移動を支えるだけでなく,細胞の増殖や炎症応答など多彩な機能を併せ持つことが明らかにされつつある.一方,漢方薬の作用の一端も,このAQP類と密接な関係にあることが示唆されている.本研究では,AQP類を標的とする創薬の意義を明確にし,漢方薬をこれに応用することを目的とする. 本年度は,まず,外分泌に関わるとされているAQP5を気道上皮選択的に高発現させたトランスジェニック(Tg)マウスに気管支喘息を誘発して,その病態を解析した.AQP5 Tgマウスは野生型に比べて,喘息に伴う炎症特に好酸球の浸潤が軽度であり,気道過敏性の亢進も有意に軽減された.気道炎症を生じると内因性AQP5の発現は著明に低下したが,この低下を抑制することが喘息症状の緩和するための新たな治療概念になると考えられた. 一方,感染性胃腸炎など,消化管粘膜で炎症を生じると深刻な下痢症状を呈するが,漢方薬の五苓散はこの下痢症状に著効を示すとの臨床報告が散見される.そこで腹腔内に細菌毒素のLPSを投与して感染性胃腸炎モデルマウスを用いて作製し,その病態と薬物の作用を調べた.LPSを投与した動物では全例で消化管粘膜での炎症と下痢症状を呈したが,その際,消化管からの水の吸収に関わるAQP3の発現が著明に低下することが判明した.この病態に対し,漢方薬の五苓散は炎症反応に影響せずAQP3の発現低下を抑制することで,一方,ステロイド薬はAQP3に影響せず炎症反応を抑制することで示唆作用を示すと考えられた.これら両薬物の作用は感染性胃腸炎に伴う下痢症状は消化管粘膜の炎症とAQP3発現低下の双方が同時に生じることによって重篤化することが示唆され,五苓散による治療の合理性が示された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
計画段階では,今年度は気管支喘息の病態生理におけるAP5の役割の解明と,感染性胃腸炎に伴う下痢症状に対する五苓散の治療効果に関する検討を中心に実施する予定であったが,これらは概ね達成できたと考えられる.特に,感染性胃腸炎に伴う下痢症状の発症には,炎症だけでなくAQP3の発現低下が重要であることを見出し,このAQP3発限低下の抑制が五苓散の止瀉作用に重要であることをAQP3の欠損マウスを用いて実証した.五苓散は我が国の小児科領域では,比較的頻繁に止瀉薬として処方されているが,その使用は医師の経験に基づくものであった.本研究絵で得られた成果から,五苓散の実効性を合理的な薬理作用機序として裏付けることができた. 感染性胃腸炎は下痢に伴う脱水を引き起こし,発展途上国を中心に多くの子供達の命を奪っている.本研究の成果は安価な医薬品である五苓散を感染性胃腸炎の際に用いるべき薬物として広く世界で認識してもらうための科学的証拠を提示するものと考えられる.
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今後の研究の推進方策 |
これまでの成績から気道上皮のAQP5は気管支喘息の症状を改善する機能を持つことがわかってきた.炎症時にはAQP5の発現レベルは著名に低下することが知られており,我々も同様の知見を得ている.すなわち,このAQP5の発現低下は喘息病態の悪化要因となることが推定され,これを回復させる薬物に抗喘息作用が期待できる.今後は,この仮説をさらに検証するとともに,AQP5発現を亢進させる薬物を漢方薬を中心に検索する. また,その他のAQP類の病態生理学的役割として,マクロファージに存在するAQP9および脳内アストロサイトのAQP4に着目した検討を予定している.具体的には,AQP9は酸化LDLによって誘発するマクロファージの泡沫化の増悪因子となる可能性が考えられ,今後,この仮説を検証するとともに,AQP9機能を抑制する薬物を検索する.一方,AQP4については,脳内炎症の増悪因子となることが推定される.既に,漢方薬の五苓散にはAQP4機能を抑制する作用があることを見出しており,五苓散が本作用を介して脳内炎症を抑制するか否かを検討する予定である.
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