研究課題/領域番号 |
20K07895
|
研究機関 | 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター |
研究代表者 |
大木 伸司 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター, 神経研究所 疾病研究第六部, 室長 (50260328)
|
研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
|
キーワード | 中枢神経疾患 / 自己免疫疾患 / 病原性T細胞 / プロラクチン / 非下垂体性プロラクチン / 免疫就職 / 慢性炎症 |
研究実績の概要 |
プロラクチン(以下PRL)は、下垂体前葉のPRL産生細胞が産生する199アミノ酸からなるホルモン分子であり、泌乳、妊娠維持や母性行動などの生体応答に重要な役割を果たす。高PRL血症は不妊の原因となる症状の一つであるが、様々な自己免疫疾患に合併し、抗PRL薬であるブロモクリプチンが自己免疫病態の抑制効果を示す場合が多いことから、PRLが自己免疫疾患の病態形成に何らかの形で関わることは明らかである。ところが様々な免疫細胞自身がPRL産生能を有し、かつ自身がPRL受容体を発現するということにより、自己免疫疾患におけるPRLの病態修飾能に対する理解を困難にしている。すなわちPRLの産生元、標的細胞とその機能を解明しない限り、とくに局所的に生じる免疫応答に対するPRLの作用機序の全容は分からない。最近我々は、慢性炎症を伴う難治性の多発性硬化症(MS)である二次進行型MS(SPMS)において、転写因子Eomesを発現するヘルパーT細胞(Eomes陽性Th細胞)がその病態形成に関わること、CNSに浸潤したB細胞をはじめとする抗原提示細胞(APCs)が慢性炎症環境下でPRL産生能を獲得し、これらの細胞に由来するPRLがTh細胞のEomes発現を誘導することを見出した。本研究では、中枢神経系の自己免疫疾患をはじめとする神経疾患を対象として、免疫細胞間相互作用を通じた病態修飾能におけるPRLの産生細胞、標的細胞の同定とその作用機序を、マウスおよびヒトの系を用いて多角的に解析し、中枢神経疾患におけるPRLの作用の全容解明を目指す。上記の通り、PRLの作用は主に臨床面で問題にされることが多く、病態修飾能に特化した異所性PRLとの比較解析はほとんど前例がないことから、本研究から得られる知見は、生体内におけるPRLの多様な作用の全容解明に資するものであると考えている。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
APCs由来PRLと下垂体由来PRLの寄与を比較する研究を計画したが、そのうちPRL受容体欠損(PRLRKO)マウスを用いた研究は、緊急事態宣言による約2.5ヶ月の実験用マウスの飼育停止により極めて大きな影響を受け、現在ようやく当該マウスを用いた研究が正常化したところである。一方、マウスに甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)を投与する研究では、EAEへのTRHの腹腔内投与により、下垂体由来PRLは変化しなかったが、APCs由来PRLは産生が大きく亢進し、同時にEAE病態も増悪した。SLEモデルマウスの発症前にPRL阻害剤であるbromocriptineを投与したところ、血清中IgG量の低下傾向を認めた。現在、T細胞の細胞表面分子の発現量やTh17細胞をはじめとするエフェクターT細胞の分布への影響を解析中である。引き続き投与スケジュールの最適化を図り、PRLの作用を明らかにしていく。自己反応性Th細胞に対するPRLの作用については、上記のSLEモデルマウスにおける自己反応性T細胞とそれ以外のT細胞の網羅的遺伝子発現解析を行った。現在、PRL応答に関わる遺伝子群、およびPRLにより誘導される遺伝子群の比較解析を行なっている。PRL遺伝子エンハンサー領域のSNPsを利用して、下垂体性PRLと非下垂体性PRLの作用を比較すべく、健常者、RR-MS患者およびSP-MS患者の約30サンプルを収集し、SNPsの頻度比較を試みた。現在のところ、一方のハプロタイプのみが得られている状態となっており、欧米人に比べてアジア人では上記SNPsに偏りがあることが知られているため、引き続きサンプル収集を進める。
|
今後の研究の推進方策 |
緊急事態宣言による動物施設の使用停止措置により、解除後に個体再生から始めざるを得なかったが、PRLRKOマウスは元々発育不全が顕著な系統であるため、この措置により最も大きな影響を受けることになり、実験用個体の立ち上げに相当な時間を要することとなった。2021年度は、上記の理由で実施できなかったRAG2KOマウスへの移植実験を行い、EAEに対する影響の評価を進める予定である。さらにTRHの静脈内投与による下垂体のPRL産生誘導系を確立し、腹腔内投与の場合との比較を行う。SLEモデルマウスの発症前後のPRL発現の挙動を解析し、T細胞機能への作用を明らかにする。引き続き投与スケジュールの最適化を図り、PRLの作用を明らかにしていく。現在解析中の結果次第では、RNA-seqやGeneChipなどの網羅的遺伝子発現解析を実施し、より詳細なメカニズムの解明を進める。またBromocriptine投与による病態への影響を解析する予定である。現在進行中の解析結果から、自己反応性Th細胞おけるPRL応答遺伝子群とPRL誘導遺伝子群をリスト化し、自己反応性Th細胞に対するPRLの作用機序の解明を進める。PRL遺伝子のSNPs解析については、NCNP内のバイオバンクから引き続きMS患者サンプルの提供を受け、解析を継続する。SNPsの偏りにより個体レベルの比較解析が困難になった場合を想定して、EBウイルスを用いた不死化B細胞株の樹立を進め、バックアップとしてのin vitro解析の準備を進める。
|
次年度使用額が生じた理由 |
本研究においては、緊急事態宣言が発令された状態で研究を開始することとなり、とくに当センターの方針で当初より動物施設の使用制限措置が取られ、凍結胚などのバックアップが存在しないマウス系統を除いては、すべて飼育意地の停止に追い込まれた。したがって宣言解除後に実験に用いるマウス系統の個体再生から始めざるを得なかったが、本研究は大部分がマウスを用いた研究であるためその影響は大きく、とくに計画していた遺伝子改変マウスを用いた研究は大きな影響を受けた。そこでブリーダーから購入したマウスを用いた研究、必要な個体数が少ないマウス系統を用いた研究と、ヒト研究の比重を高めて研究を実施することにした。この際、実験に必要な試薬や消耗品類は、研究室の既存のストック分を使うことで賄うことができたため、本研究の研究費による支出をできる限り抑え、次年度以降に制限なく研究が実施できる体制になった時に備えることとした。現在、当該研究に必要なマウス系統の供給は正常化しているため、鋭意研究を進めていく予定である。
|