ワーキングメモリなどの認知機能障害は統合失調症の中核症状と考えられており、機能的転帰に直結することが知られている。しかしながら、抗精神病薬を含む現在の薬物療法はこの認知機能障害にあまり効果がなく、神経回路病態も不明である。そこで、本研究は本研究代表者が見出した統合失調症モデルマウスのワーキングメモリ障害の原因神経回路を標的に、改善手法の解明を目的とした。 これまでに、1) 統合失調症の薬理学的モデルであるフェンサイクリジン(PCP)を慢性投与したマウス(PCPモデル)はワーキングメモリ障害を示し、責任脳領域として前頭前野の一領域である前辺縁皮質における興奮性/抑制性神経のシナプス異常を同定し、2) これらのシナプス異常やワーキングメモリ障害は、マウスにおいて臨床用量を反映した抗精神病薬の慢性投与でも改善しないことを明らかにし、3) in vivoカルシウムイメージング法と化学遺伝学的手法で検証した、この領域におけるパルブアルブミン(PV)陽性の抑制性神経細胞の特異的な活性化がPCPモデルのワーキングメモリを改善させることを明らかにした。しかも、この改善作用は上記の抗精神病薬慢性投与下でも発揮されている一方、PCPモデルにおける急性PCP投与による活動量の亢進に対する臨床用量を反映した抗精神病薬の慢性投与による抑制作用は阻害しなかった。 本研究は統合失調症における前頭前野のPV陽性細胞とワーキングメモリ障害の因果関係を支持する新たな実験データを提供することに加え、前頭前野PV陽性細胞への介入が抗精神病薬へのadd-on療法としても機能し、統合失調症における認知機能障害の改善を目指した創薬に新たな知見をもたらす可能性を示唆している。
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