共感性とは「他者の感情を自己に置き換えて共有体験すること」であり、他者への理解を深め、円滑な対人関係の形成に重要な情動機能である。一方、負情動に 対する過剰な共感の高まりによって、二次的な外傷性ストレスを誘発し得る側面も有する。本研究の目的は、幼若期における心身の過剰なストレスによって生じる情動機能障害モデルマウス(幼若期ストレスマウス)を用いて観察恐怖学習(負の共感様行動)とその変容に関わる中枢神経系の神経回路ネットワークとその基盤となる神経細胞の活動について解明することである。 幼若期(生後3週齢)にストレスを受けたマウス(幼若期ストレスマウス)のでは観察恐怖学習試験の結果、非ストレスマウスに比較して、負の共感様行動であるすくみ行動の比率が高かった。幼若期ストレスマウスの内側前頭前皮質の錐体細胞の神経活動をスライスパッチクランプ法にて解析した結果、ストレス負荷群の雌マウスでは活動電位の頻度上昇が認められたが、雄マウスでは変化していなかった。これは女性のうつ病発症リスクが高いことの一因となる可能性がある。うつ病の病態仮説として脳内のセロトニン遊離量の減少が挙げられている。このため、幼若期ストレスマウスにおける背側縫線核セロトニン神経細胞の神経細胞の活動特性を電気生理学的に解析した。その結果、雌雄マウスともに神経活動の発火特性に変化は認められなかった。これらのことから、うつ様症状を呈するマウスのセロトニン神経細胞の出力特性は変化しておらず、背側縫線核に入力する神経線維の回路内調節が変容している可能性が示唆された。
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