研究課題/領域番号 |
20K08123
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研究機関 | 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 |
研究代表者 |
稲庭 拓 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構, 量子医科学研究所 物理工学部, グループリーダー (10446536)
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研究分担者 |
松本 謙一郎 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構, 量子医科学研究所 放射線障害治療研究部, グループリーダー (10297046)
鈴木 雅雄 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構, 量子医科学研究所 放射線障害治療研究部, 上席研究員 (70281673)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 粒子線治療 / 生物効果 / 外部磁場 |
研究実績の概要 |
研究代表者等は、粒子線照射時に(1)粒子線の進行方向と平行に0.6 T程度の外部磁場を掛けると粒子線の細胞殺傷効果が有意に増強され、(2)粒子線の進行方向と直交する方向に外部磁場を掛けても細胞殺傷効果に変化がない、ことを細胞実験で確認した。本研究では、この現象の機序を、物理的、生物的、化学的な側面から解明するとともに、本現象を用いた新たな粒子線治療法の実現可能性を検討することを目的とする。 物理的な機序解明へのアプローチとして、Geant4-DNAモンテカルロ計算用の計算機を整備し、磁場下での微細な飛跡構造シミュレーションを実施した。0.6 T程度の外部磁場では、粒子線の飛跡構造に大きな変化は起こらないことがわかった。化学的アプローチとして、粒子線照射によって標的内に生じる過酸化水素の生成量が外部磁場の有無によって変化するかを調べる実験を行った。大気下または低酸素条件下の水試料に平行磁場を付加した状態で炭素線を照射し、試料内に生成した過酸化水素を定量した。平行磁場により酸素非依存的な過酸化水素の生成量が減少した。平行磁場により初期活性種の生成密度あるいは反応性に何らかの変化が生じたと考えられる。この結果は原著論文として公表した。生物的アプローチとして、平行磁場による細胞殺傷効果の増強に占める間接効果の寄与を評価する細胞照射実験を実施した。濃度が様々に異なるDMSO(OHラジカルの捕捉剤)溶液中で培養したヒト癌細胞に対して、平行磁場下で炭素線を照射した。平行磁場による細胞殺傷効果の増強現象において、間接効果が支配的な役割を果たしていることが分かった。外部磁場によりOHラジカルの不対電子のスピンの向きに偏極が生じ、ラジカル結合阻害が起こり、結果的に反応性の高いOHラジカルの寿命が延びた可能性が考えられた。これらの結果については、原著論文にまとめる予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
令和3年度に計画していた、(2-1)Geant4-DNAによる外部磁場下の粒子線飛跡構造シミュレーション、(2-2) 粒子線照射によって標的内に生じる過酸化水素の生成量に対する平行磁場の影響評価、(2-3) 平行磁場による細胞殺傷効果の増強に占める間接効果の寄与を評価する細胞照射実験、については順調に実験および解析を終えている。ここで得られた研究成果については、国際学会にて発表するとともに、原著論文として発表した。このように平行磁場効果の機序解明に向けた照射実験自体は、当初の計画通りに進展している。しかしながら、本現象を用いた新たな粒子線治療法の実現可能性を検討することを目的として実施する動物実験については、磁場発生器の製作を終え実験を開始した。しかし、再現性の確認と統計精度向上のため繰り返し実験が必要であり、進捗にやや遅れが出ている。また、これにより繰越金が発生している。
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今後の研究の推進方策 |
令和4年度は、(3-1) 平行磁場効果を用いた新たな粒子線治療法の実現可能性を検討するため、外部磁場下での動物実験を進める。下肢にマウス由来の扁平上皮癌(SCCVII)を移植したマウスに対して炭素線および鉄線を局所照射し、平行磁場の有無による腫瘍増殖抑制効果の変化を観測する。我々はこれまでに、粒子線の進行方向と平行(0度方向)に外部磁場を掛けると粒子線の細胞殺傷効果が増強され、粒子線の進行方向と直交する方向(90度方向)に外部磁場を掛けても細胞殺傷効果に変化がないことを細胞照射実験で確認している。そこで、令和4年度には、(3-2) 0-30度の任意の方の方向の外部磁場を付加可能なソレノイド電磁石を製作し、外部磁場の方向が磁気効果に与える影響を評価する細胞照射実験を実施する。このことは、外部磁場によるDNA等の生体高分子の配向が本現象の機序である可能性を調べるために有用である。また、令和2, 3年度の実験結果から、本現象の機序として、外部磁場によってOHラジカルの不対電子のスピンの向きに偏極が生じ、ラジカル結合阻害が起こり、結果的に反応性の高いOHラジカルの寿命が延びた可能性が示唆された。これを調べるため、(3-3) パルスラジオリシスを用いて、外部磁場下でのOHラジカルの寿命測定を実施する計画である。 令和4年度末には、これまでに得られた実験結果を総合して、平行磁場効果の機序の解明に迫りたい。また、平行磁場効果を用いた新たな粒子線治療の実現可能性について評価する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
(理由)コロナの影響もあり、当初の細胞照射実験および動物照射実験の計画を変更する必要が生じた。そのため、細胞や実験動物の発注ができず、繰越金が発生した。 (使用計画)照射実験のタイミングに合わせて順次、細胞および動物実験を発注する。また、細胞実験用のフラスコなどの消耗品の購入にも使用する。更に、令和4年度に得られた成果を2022年12月に開催される国際学会に発表する予定であり、その旅費としても使用する。
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