研究課題/領域番号 |
20K08193
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
古道 一樹 慶應義塾大学, 医学部(信濃町), 講師 (10338105)
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研究分担者 |
芝田 晋介 慶應義塾大学, 医学部(信濃町), 訪問教授 (70407089)
湯浅 慎介 慶應義塾大学, 医学部(信濃町), 講師 (90398628)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 心筋症 / 左室心筋緻密化障害 / 心筋発生 / iPS細胞 |
研究実績の概要 |
今回我々は、サルコメア構造タンパクをコードするMYH7遺伝子に、表現型の異なる肥大型、拡張型および左室心筋緻密化障害の各心筋症を引き起こす3種類の異なる変異を導入したiPS細胞を作製し、表現型の差異が生じるメカニズムの解明を目指した。研究代表者は、転写因子TBX20に変異を有する左室心筋緻密化障害患者から樹立したiPS細胞を用いて、疾患発症メカニズムの解明を目指した先行研究(Kodo K et al. Nature Cell Biology 2016)で、TGFβシグナルの病的な亢進が、胎生期の心筋緻密層における、胎児心筋細胞の増殖を抑制し、それにより、心筋緻密層の発育が障害され、心筋緻密化障害が形成されるという説を提唱した。興味深いことに、左室心筋緻密化障害特異的な変異を導入したiPS細胞由来心筋細胞は、サルコメア構造の形成が重篤に障害され、さらに、網羅的遺伝子発現解析で、TGFβシグナルの亢進が疑われる所見が得られた。この結果は研究代表者の唱える、胎児心筋細胞の増殖障害説を支持する内容である。一方で、これまでに報告された動物実験では、サルコメア構造タンパクをコードする遺伝子の異常により、胎児心筋細胞の増殖が障害されるという現象は明らかでなく、拡張型心筋症や肥大型心筋症のように、機能的な異常を示すことに焦点が当てられてきた。今回の結果は、サルコメア構造タンパクの特異的な領域に対する変異が、これまでに認識されていた心筋の機能に対する影響のみではなく、胎生期の発生に関する細胞制御を司る、サルコメア構造タンパクの新たな役割を明らかにしていく糸口となる可能性が期待され、更なる分子メカニズムの解明を目指した機能解析を進める予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
健常人より樹立されたヒトiPS細胞に対して、ゲノム編集技術を用いて、拡張型心筋症、肥大型心筋症、および左室心筋緻密化障害に特異的な変異をMYH7遺伝子に導入した、疾患特異的iPS細胞の樹立が完了し、実際の機能解析を開始した。各疾患特異的および正常コントロールのiPS細胞を、化合物を用いた心筋分化プロトコールを用いて、拍動する心筋細胞に分化させ、その表現型を観察した。肥大型心筋症に特異的な変異を導入したiPS細胞株は、心筋分化効率が不良であったため、拡張型心筋症および左室心筋緻密化障害の疾患特異的iPS細胞より分化誘導した心筋細胞を、1か月間培養し、コントロールと比較した。サルコメア構造タンパクである、トロポニンTおよびアクチニンに対する抗体を用いた蛍光免疫染色で細胞内構造を観察したところ、コントロールiPS細胞由来心筋細胞ではサルコメア構造が良好に保たれているのに対し、拡張型心筋症および左室心筋緻密化障害特異的iPS細胞由来心筋細胞では、その構造が乱れ、錯綜している様子が観察された。さらに詳細な観察を行うため、電子顕微鏡による微細構造の観察を行ったところ、左室心筋緻密化障害特異的iPS細胞由来心筋細胞では、サルコメアが細かく分断されている様子が観察された。疾患発症メカニズムを分子生物学的に明らかにするため、次世代RNAシークエンスを用いた網羅的遺伝子発現解析を、心筋分化誘導開始後2週間の幼若な心筋細胞を用いて検討したところ、拡張型心筋症特異的iPS細胞由来心筋細胞では、心筋収縮機能に関わる遺伝子群の発現に異常が集約していたのに対し、左室心筋緻密化障害特異的iPS細胞由来心筋細胞では、細胞増殖を抑制するシグナルに最も強い異常が認められ、研究代表者の提言する、左室心筋緻密化障害の疾患発症メカニズムにおける、胎児心筋細胞の増殖能異常の重要性を裏付ける結果が得られた。
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今後の研究の推進方策 |
左室心筋緻密化障害特異的iPS細胞由来心筋細胞では、サルコメアが細かく分断されている様子が観察された。さらに、次世代RNAシークエンスを用いた網羅的遺伝子発現解析では、左室心筋緻密化障害特異的iPS細胞由来心筋細胞では、細胞増殖を抑制するシグナルに最も顕著に異常が認められた。今後、さらに疾患発症に関わるシグナルについての解析を進め、疾患特異的表現型の形成につながる分子機構の解明を目指す。具体的には、実際にTGFβシグナルに異常が生じていることを証明するために、左室心筋緻密化障害特異的iPS細胞由来の心筋細胞内で、コントロール心筋細胞に比して、TGFβシグナルの活性が上がっていることを、TGFβシグナル下流のSMADタンパクのリン酸化の状態をウェスタンブロッティングで評価することにより確認する。さらには、TGFβシグナル下流のターゲットとなる遺伝子群の発現およびタンパク発現が亢進していることを、qRT-PCRやウェスタンブロッティングを用いて確認する。これらの評価で、TGFβシグナル異常が実際に証明されれば、TGFβシグナルに対する特異的阻害剤を、心筋細胞の培養液に添加することにより、左室心筋緻密化障害特異的iPS細胞由来心筋細胞の表現型の救済を目指す。以上の解析により、左室心筋緻密化障害の病態形成におけるTGFβシグナルの役割を明らかにし、薬物的介入戦略の足掛かりとなる知見を得ることを目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
大きな出費となる網羅的RNAシークエンスの実施が年度末になってしまったため、サンプル精製のやり直しなどの可能性を加味して、消耗品の購入を行っていた。結果的にサンプル精製に追加の費用は要さなかったため、少額の繰り越し金が発生した。繰り越し分は今年度の細胞培養用消耗品代に使用する予定である。
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