研究課題
脊髄髄膜瘤(Myelomeningocele; MMC)は,胎児期の神経管の閉鎖不全により,羊水中に露出した脊髄が損傷し非可逆性の神経障害を引き起こし,生涯にわたり重篤な後遺症を来す難治性の神経疾患である.本研究では,葉酸代謝を阻害してMMCを誘発するレチノイン酸経口投与モデルラットを用い,すでに成人に対する脊髄損傷で第III相治験が行われている肝細胞成長因子(Hepatocyte growth factor; HGF)の投与による治療効果を検討した.MMCモデルラットは,妊娠10日目のSprague-Dawleyラットにレチノイン酸を経口投与することで作成した.妊娠17日目にラット母獣を開腹し子宮を露出させ,羊水腔内にPBSに懸濁した組み換えヒトHGF(recombinant human HGF; rhHGF)を4μg投与した.妊娠20日目に再度開腹し,ラット胎仔を帝王切開で娩出し,胎仔の脊髄を摘出,その後の解析に供した.rhHGFを投与した群を治療群,rhHGFの代わりに同量のPBSを投与した群を非治療群として比較検討を行った.その結果,脊髄神経組織における炎症性サイトカイン(Tumor Necrosis Factor-α(TNFα)とInterleukin-6(IL-6))と抗炎症性サイトカイン(Interleukin-10(IL-10)とTransforming growth factor-β(TGF-β))およびHGF受容体の発現に有意差は認めず,今回の投与量では明らかな治療効果は認めることはできなかった.
3: やや遅れている
本年度の研究で,モデル動物の安定的な樹立およびHGFの投与,検体獲得の手法の確立に至っている.また,HGF投与に起因すると考えられる子宮内胎児死亡(intrauterine fetal death; IUFD)も認めておらず,羊水腔内への投与は安全であると考えられた.解析は,脊髄における炎症性サイトカインとHGF受容体の発現に関する検討を中心に行った.まず,創部より露出している脊髄神経に対するRT-qPCRでは,TNFαやIL-10などの炎症性サイトカインの発現を評価した.しかし,いずれのサイトカインも非治療群と治療群の間で有意差は認められなかった.次に,脊髄露出部の水平断の組織切片に対し,HGFの受容体であるc-Metと,そのリン酸化状態であるp-c-Metの免疫組織染色を行った.しかし,いずれも単位視野あたりの陽性面積に有意差は認められなかった.また,当初の計画にあった妊娠15-20日目までの6日間における連日投与や,低用量と高用量の2つの投与群の設定,胎児病変部への直接投与は現時点で実行できていない.その理由として,当初購入を計画していたHGFが入手できなくなり,単価の高いHGFに切り替えざるを得なくなったことが挙げられる.
現在の投与量および投与方法では,有効な治療効果を得ることができなかったと推察される.当初の想定通り,今回のような羊水腔内の投与では,羊水内に拡散してしまうことから,投与量の増量が必要であると考えている.また,既報における投与方法は浸透圧ポンプ(Osmotic Pump)などを使用して,HGFを持続的に損傷脊髄近傍に投与している.本研究においても,単回投与ではなく,持続注入や複数回の投与が必要であると考えられる.今後,ラット腹腔内に埋め込み可能な大きさの小型の浸透圧ポンプ(リザーバー容量200μL程度の大きさのもの)を使用し,時間あたりの吐出量を変更することで,投与量を調整することを視野に入れ,検討を行っている.次年度は,引き続き安価なHGFの入手を目指すとともに,バイオコンジュゲーションやDNAアプタマーなどの手法によって精製された,HGFに匹敵する受容体活性能を持つ物質の利用も視野に入れて幅広く検討し,治療効果の評価を行う方針である.
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