研究課題/領域番号 |
20K08466
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
荷見 映理子 東京大学, 医学部附属病院, 特任助教 (70599547)
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研究分担者 |
藤生 克仁 東京大学, 医学部附属病院, 特任准教授 (30422306)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 肥満 / S100A8 / AREG / 心臓突然死 |
研究実績の概要 |
本研究はメタボリックシンドローム及び心血管疾患におけるS100A8の機能を明確にし、さらにはS100A8が組織炎症を惹起する分子機構、S100A8を介するシグナルを明らかにすることで新規治療を開発することを目的としている。我々が作成した脂肪細胞特異的S100A8ノックアウト(KO)マウスを用いて、高脂肪食負荷を行い、野生型マウスと比較してインスリン抵抗性に差が認められた。また、両者の脂肪組織から採取した非成熟脂肪細胞分画のFACAS解析を行ったところ、M2マクロファージ に有意差が認められた。これらの結果から、脂肪細胞から分泌されるS100A8蛋白が脂肪組織の炎症を制御し、インスリン抵抗性に関与している可能性が示唆された。さらに、KOマウスと野生型マウスの脂肪組織から 離した脂肪細胞からRNAを抽出し、RNA sequenceを行ったところ、S100A8のシグナル下流に位置すると考えられる因子が同定された。この因子は脂肪細胞の分化に関する因子として報告されており、S100A8が脂肪細胞の分化を制御することでも、インスリン抵抗性に関与する可能性も示された。脂肪細胞特異的S100A8KOマウスの作成 繁殖に成功し、KOマウスの脂肪組織の解析をRNAの発現やファックス解析等行うことで、S100A8の脂肪細胞やマクロファージへのシグナルに関与する因子を同定することができた。また、KOマウスのインスリン抵抗性が改善することが明らかになった。また、S100A8がマクロファージに作用し、心臓マクロファージからのAREG分泌が亢進することが、我々の研究であきらかとなlっていたが、このAREGがマウスの右室圧負荷モデル下で、完全房室ブロックによる突然死を抑制することを見出し、論文での発表を行った(Nature Com.2021.12:1910)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
S100a8 floxedマウスとAdiopnectine-Creマウスを交配し、脂肪細胞特異的S100a8ノックアウトマウスの作製し、これらへの高脂肪食負荷により脂肪組織へのM1マクロファージの抑制、炎症性サイトカインの上昇、インスリン抵抗性悪化を確認した。このことから、S100A8は炎症細胞の遊走を惹起させ、慢性期には炎症細胞を抑制し、炎症性サイトカインの発現を抑制することで、脂肪組織において保護的な作用をする可能性が示唆された。また、肥満マウス(ob/ob)の肝臓・肺においても、S100A8はRNAの高発現であることが確認できており、肥満によりS100A8は脂肪組織だけでなく、遠隔臓器でも炎症を惹起する可能性が示唆される。さらには、665人を対象としたヒト血清を用いた臨床研究において、肥満患者(BMI>25)、糖尿病合併患者で血清中のS100A8が有意に高値となることが明らかと なり、死亡率や心血管イベント発生との関係についての解析結果をもとに、結果報告として論文作成を行っている。 また、マウスの心筋梗塞モデルを用いて、心臓マクロファージ・好中球由来の S100A8, AREG が心臓内刺激伝導系を強化していることを見出し、心臓マクロファージ、好中球の S100a8, Aregの欠損は心筋梗塞時に著明に完全房室ブロックによる突然死が生じることを明らかにした。この結果をもとに、右室負荷モデルを用いた解析で心臓マクロファージのAREGは突然死の発症を抑制していることを発見することができ、これらの結果を報告した(Nature Com.2021.12:1910)。
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今後の研究の推進方策 |
1.現在までの実験解析によりS100a8が脂肪組織にマクロファージの遊走を促すものの、炎症反応の改善が見られることが明らかとなり、脂肪細胞特異的S100a8ノクアウトマウスの高脂肪食負荷で脂肪組織でのM1マクロファージが野生型と比較して増加していること、マクロファージの炎症性サイトカイン(IL-1β、TNFα)の抑制されることを確認した。さらには、インスリン抵抗性の改善も認めた。このことからS100A8蛋白は脂肪組織炎症の保護的に作用し、これによりインスリン抵抗性改善させる可能性が示された。また、最近では心不全の予後と血中S100a8濃度の関係も報告されており、大動脈縮窄モデルを用いて 負荷心への応答も検討する予定としている。 2.脂肪組織炎症において脂肪細胞でS100a8の発現を誘導する刺激の分子の探索を行っており、すでに脂肪細胞とマクロファージの共培養で遊離脂肪酸やサイトカイン刺激が脂肪細胞からのS100a8の発現を上昇させることを予備実で明らかとしている。さらS100a8の発現を制御するシグナル経路の解析をすすめ、特に、マクロファージでのS100a8受容体の同定を行う。 3.我々は現在、後ろ向き観察で収集した心電図を用いて心疾患を診断するAIを構築しており、肥満患者における心電図を用いて、心疾患発症を早期に診断できるモデル構築も行っていく予定としている。 4。また、RNA sequenceの準備を進めており、S100A8のメタボリックシンドロームのみならず、心血管への影響を遺伝子レベルでの解析も行う予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度は、マウスの大動脈縮窄モデルを用いて負荷心への応答を検討する予定であったが、COVID-19感染拡大の影響で、S100a8ノックアウトマウスの十分な育成ができなかった。このため、次年度への使用額が生じた。次年度は100a8と血管病態との関連に加え、心不全との関連について検討するため、心筋細胞特異的、線維芽細胞特異的、マクロファージ特異的、血管皮細胞特異的S100a8 KOマウスを作成予定である。また、RNAsequenceを行い遺伝子学的見地からも解析を平行して行う予定である。 また、現在臨床研究として心電図から心不全を人工知能(AI)で予測をするための研究を行っており、肥満患者での心電図でより心不全の予想が正確となるか、またS100A8のデータを説明変数として加えることでより予想精度が向上するかについても解析を行う予定である。
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