研究課題
本研究では、ヒトES細胞・iPS細胞から視床下部神経幹細胞への分化誘導法を確立し、誘導した細胞が神経幹細胞として機能を果たすことを証明するのが最終目的である。当研究チームでは、マウスES細胞を用いた視床下部神経幹細胞同定と抽出の先行研究を世界初で報告しており、また、ヒトES細胞・iPS細胞を用いた視床下部神経への分化法を確立し基盤技術として維持している。いずれも当研究チームの独自技術であり、これらを組み合わせることでヒト視床下部神経幹細胞の分化・同定の検討を進めた。具体的には以下の3項目を並行して3年間進めている。項目A. ヒトES細胞のRax::Venusノックイン株を用いて視床下部神経幹細胞を単離、同定:マウス胎児の脳発生過程で視床下部幹細胞が出現することが報告されており、その特徴的なマーカーのひとつにRaxがある。ヒトのES細胞・iPS細胞から視床下部神経への分化誘導方法を応用し、ヒトES細胞から視床下部神経幹細胞の誘導を行った。ヒトES細胞を用いた視床下部神経への分化法を基礎に、神経成熟過程の分化プロトコールを見直し、Rax持続陽性細胞を10%程度まで増やした。Venusを目印にRax長期発現残存細胞をcell sorterで分離採取し、視床下部幹細胞としての性質を持つかどうか検討を進めた。項目B. 表面抗原を検索し、ノックイン細胞でなくとも視床下部神経幹細胞を単離可能にする:Rax持続陽性細胞の表面抗原を網羅的に解析することで、特異的な表面抗原を検索する。ヒトES細胞から視床下部分化には長期間を要するため、マウスES細胞で検索方法の検討を先んじて実施した。項目C. 動物移植により、生着と視床下部神経への分化を証明する:短期間で繰り返し実験の行いやすいマウスES細胞を利用して、移植の基本技術を予め確立しておく作業を遂行中である。
2: おおむね順調に進展している
項目Aについては以下である。2020年度はヒトES細胞を用いた視床下部神経への分化法を基礎に、分化プロトコールを見直し、Rax持続陽性細胞を増やす工夫をした。ヒトES細胞のRax::Venusノックイン株を用いて、神経成熟が得られるday100の時期であってもRax持続陽性細胞を10%程度まで増やすことに成功した。ポイントはBMP4シグナルの強さ調節にあった。次に、神経成熟が得られる時期(day100)でもなおRax発現を続ける細胞を、Venusを目印にcell sorterで分離採取した。採取したRax持続陽性細胞に、神経幹細胞としてのマーカーすなわちSox2、Nestin、Vimentinが発現していることを免疫染色で確認した。また、sortした細胞を接着培養することにより視床下部神経(特にNPY神経やPOMC神経へ多く分化した)やグリア細胞へ分化することを確認した。更に、分取したヒトES細胞由来Rax持続陽性細胞を用いてneurosphereを形成する培養条件を見出した。幹細胞としての多分化能を維持するにはFGF2やEGFシグナルが必須であった。このようにして形成させたneurophereは継代可能であった。以上、in vitroで視床下部神経幹細胞の性質を備えているデータをほぼ取得することができたと言える。加えて、neurosphereの凍結保存法にも挑戦し、端緒を得た。項目Bは以下の進捗である。ヒトES細胞から視床下部分化には約100日と長期間を要するため、実験上、小回りが効かない。マウスES細胞Rax::eGFP株では約30日間で済ますことが出来るため、2020年度はマウスES細胞で検索方法検討を先に実施した。Rax持続陽性細胞の表面抗原を網羅的に解析し、特異的な表面抗原を検索、マウスES細胞で候補Xを見出した。項目Cは、移植の基本技術を予め検討開始した。
項目Aについては、引き続き視床下部神経幹細胞としての性質検討を行い、データを揃える。ヒトES細胞由来Rax発現残存細胞を単離、神経への分化能について検討を続け、視床下部神経の中でもどの種類が分化しやすいか、その条件などの性質を追究する。Neurosphereについてもその方法を一層洗練させる。項目Bについては、前年度にマウスES細胞で確立した表面抗原検索の方法論をヒトES細胞へ適応し、ヒトES細胞由来Rax持続陽性細胞の表面抗原を検索する。項目Cの動物移植では、視床下部障害モデルマウスを用いて移植方法を確立し、移植細胞の生着や神経の分化、更には機能回復を検討する。
令和2(2020)年度独立基盤形成支援の一部を次年度使用とした。新型コロナ感染症の流行により、研究活動においても密を避けた環境を整備する必要が生じた。研究基盤整備(Ⅰ)を利用し、換気を行えない培養室と、出勤人数減少による研究室内の補給能力低下について対策する。前者に対してはクリーンベンチの追加(除却済みのベンチを確保しているので整備すれば稼働可能になる)を行い、別々の部屋で培養作業が行えるように整備する。後者に対しては、細胞株保存用液体窒素タンクおよび補充用液体窒素保存容器を増やし(ヒトES細胞およびヒトiPS細胞を用いる研究計画であるが、それら細胞株はガラス化と呼ばれるマイナス150℃以下の超低温状態で保存する必要がある)、補給作業頻度を減らすように環境整備する。これらは感染予防になると同時に、独立基盤整備としても意義あるものと考えられる。これに呼応し、研究基盤整備(Ⅱ)を利用して研究室環境の整備を行う。具体的には、超純水や製氷装置、および各培養室の個別空調整備を行う。
すべて 2021 2020
すべて 雑誌論文 (3件) (うち査読あり 3件、 オープンアクセス 3件) 学会発表 (7件) (うち国際学会 3件、 招待講演 3件)
Journal of the Endocrine Society
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