哺乳類や鳥類の一部では、飢餓環境下で能動的に深部体温を低下させる「トーパー(torpor)」と呼ばれる生理現象が見られる。トーパーは飢餓適応の主要な生理反応であり、食物の欠乏という危機的な環境下における生存戦略である。トーパーと同様に体温低下が観察される現象として低体温症が知られており、最悪の場合には死に至る。一方、トーパーでは、動物が食物を摂取できる環境におかれると速やかに体温を回復させ、脳を含む全身の臓器に一切の障害を残さない。したがって、トーパーと低体温症は全く異なる生理現象であり、そのメカニズムを明らかにすることは新しい代謝内分泌制御の理解につながると考えられる。また、安全な低代謝を人為的に誘導・維持できるようになれば、臓器の長期間保存技術のような次世代型医療への展開も期待できる。 本研究では研究代表者が樹立したトーパーモデルマウスを用い、トーパーの誘導・維持を制御しうる複数の候補遺伝子を見出してきた。また、未知の細胞外シグナル伝達物質がグレリン細胞に結合したときに、細胞内でセカンドメッセンジャーがどのように変化するのかを解析できる培養モデル系も構築した。本年度はこの培養系を用いた実験を進め、グレリン分泌が促進される条件と細胞外シグナル伝達物質を結合しうる受容体を見出す実験を行った。また、より生体に近い環境でのみ発現する受容体が存在する可能性も考慮し、マウスの胃粘膜から細胞を単離する手法を構築して免疫細胞化学的な解析を進めた。このような研究から、本年度はトーパーを誘導しうる条件と受容体の候補を見出すことができた。
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