研究課題
玄米由来機能成分であるγ-オリザノールがアルコールに対する依存的嗜癖行動の予防や改善、および、高齢・動物性脂肪餌の給餌によって誘導された認知機能の低下を改善する新規の脳内メカニズムをアルコール嗜癖が亢進した病態モデルマウスを用いて検証した。本年はドパミンニューロンの起始部である腹側被蓋野(VTA)からのドパミン分泌を促進する経路として背側被蓋核(LDT)からVTAに入力するコリン作動性ニューロンの役割に注目し、γ-オリザノールのVTAにおけるターゲット分子がアセチルコリン分解酵素(AChE)であることを明らかにした。実際、γ-オリザノールを投与したアルコール嗜好性マウスではVTAにおけるAChE蛋白量が有意に減少しており、γ-オリザノールがLDTにおけるAChEの遺伝子発現・蛋白レベルを50%程度にまで有意に抑制し、アセチルコリン分解の遅延に伴ってLDTからのコリン作動性ニューロンの入力が強化され、VTAからのドパミン分泌が促進されることで結果的にマウスのアルコール依存状態が明確に軽減された。一方、動物性脂肪を長期間与え、認知機能を意図的に一層、低下させた50週齢(ヒトで70歳相当)の老齢C57BL/6J雄性マウスに対するγ-オリザノールの投与がマウスの短期記憶(Y字迷路試験により定量評価)を顕著に改善するという前年度の実験結果を踏まえ、本年は脳内分子機構を解析した結果、γ-オリザノール投与により、短期記憶形成中枢の海馬における活性化ミクログリア(脳内炎症やシナプス切断に関与)関連・炎症関連分子群の発現レベルの有意減少や神経新生マーカーであるダブルコルチン(Dcx) などの分子群の発現量が有意に上昇することを見出した。γ-オリザノールは海馬におけるミクログリア炎症を軽減すると同時に神経新生を促進する複合的作用機序により認知機能を改善する新規の脳内作用が明らかになった。
2: おおむね順調に進展している
玄米由来機能成分であるγ-オリザノールがアルコールに対する依存的行動の予防・改善および認知機能低下の改善に有効であるという仮説をマウス病態モデルの解析によって検証し、臨床医学に還元できる科学的エビデンスを構築することを目指して研究を進めている。本年度は行動実験で明確に示されたγ-オリザノールの脳内作用メカニズムに関して具体的な分子標的が絞られ、大きな前進が得られた。実際、脳報酬系の起点である腹側被蓋野(VTA)におけるγ-オリザノールのターゲット分子がアセチルコリン分解酵素(AChE)であることが明らかになり、γ-オリザノールがVTAからのドパミン分泌を促すニューロンを投射する背側被蓋核(LDT)におけるAChEの遺伝子発現・蛋白レベルを抑制し、VTAからのドパミン分泌が促進されることでマウスのアルコール依存状態が軽減されるというまったく新しいメカニズムを実証出来た。一方、認知機能向上効果に関してもγ-オリザノールが海馬におけるミクログリア炎症を軽減すると同時に神経新生を促進する複合的作用機序により認知機能を改善する新規の脳内作用が明らかになった。
最終年度はこれまでの研究成果を踏まえ、玄米由来機能成分であるγ-オリザノールがアルコールに対する依存的嗜癖行動の予防や改善、および、高齢・動物性脂肪餌の給餌によって誘導された認知機能の低下を改善する新規の脳内メカニズムの全体像を明確にし、研究成果を原著英文論文として公表することを目指して研究を加速する。特に、アセチルコリン分解酵素(AChE)が高発現し、脳報酬系ニューロンの形質を保持しているヒト神経芽細胞腫由来細胞株SH-SY5Yを用いてγ-オリザノールによるAChE 遺伝子転写制御機構をプロモーター領域におけるクロマチン免疫沈降アッセイ等を用いて明らかにする。さらに、腹側被蓋野(VTA)に存在するAChEタンパク量を分子遺伝学的手法により人工的に抑制し、マウスのアルコール嗜好性に対する影響を検討する。VTAにアセチルコリン神経を直接投射する上流の神経核である背外側被蓋核(LDT)にAChE mRNA発現量を抑制するアデノ随伴ウィルスベクターを感染させることによりマウスのアルコール嗜好性の変化を評価し、個体レベルで本研究の作業仮説が正しいことを実証する。一方、γ-オリザノールによる認知機能向上効果の分子メカニズム解明においては本年度までに明らかになった新規知見を踏まえ、老齢マウスに対する長期間のγ-オリザノール投与が実際に海馬領域の神経再生を誘発している可能性に関して機能的検証を実施する。特に神経幹細胞の存在比率が高い歯状回や記憶形成領域の中枢を担うCA1領域における神経新生について重点的に検討する計画である。
初年度の本研究においては高齢マウスを用いる実験のために当初の予想を上回る数のマウス死亡が生じたため、追加のマウスの調達・準備を余儀なくされた。その結果として脳科学的解析に供するマウス個体数が減少したため、2年目に追加実験を実施した。また、γ-オリザノールによるアルコール依存行動の予防・改善効果に関わる脳内分子メカニズムに関する実験においてもマウスの報酬系神経核という超微細な組織を扱うという実験の性質上、サンプルからの核酸、タンパク回収率が予想よりも低いケースが一定の割合で含まれたため、これらに関しても2年目に追加実験を実施した。さらに、最終年度の計画ではγ-オリザノールによる認知機能向上効果の分子メカニズム解明のために老齢マウスに対する長期間のγ-オリザノール投与が実際に海馬領域の神経再生を誘発している可能性に関して機能的検証を実施するため、当初計画よりも長期の実験を行う必要性が生じた。以上の理由から研究予算の次年度使用を要請した次第である。
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