抗癌剤ドキソルビシン投与は、酸化ストレスによって用量依存性に心筋障害を生じる。本研究代表者は以前の研究において、硫化水素代謝産物であるチオ硫酸が 抗酸化作用や抗アポトーシス作用を有し、ドキソルビシン誘導性心不全マウスにおいて心筋保護作用を有することを報告してきたが、そのミトコンドリア機能に対する影響に関しては解明できていない。本研究では、ドキソルビシン誘導性心筋障害に対してチオ硫酸がミトコンドリアを介した心筋保護効果を発揮するという仮説を立て、その作用メカニズムを解明することを目的とする。そのため本研究では、ドキソルビシン誘導性心不全モデルマウスおよび培養心筋細胞を用いて、以下の2項目を解決する:(ア)ドキソルビシンが心筋細胞のミトコンドリア機能に及ぼす影響を検討する。(イ) 心筋細胞内チオ硫酸レベルの変化が、ドキソルビシンによって障害された心筋細胞のミトコンドリア機能に与える効果を検討する。 令和4年度は、ドキソルビシン誘導性心不全モデルマウスにおいて、新規画像技術であるDynamic Nuclear Polarization(DNP)-MRIを用いて、心臓でのレドックス代謝の変化を可視化することに成功した。DNP-MRIではドキソルビシン誘導性心不全マウスにおいて有意にレドックスプローブの代謝率が低かったが、ドキソルビシンに加えてチオ硫酸の投与を行なうことでレドックスプローブの代謝率は増加傾向にはあるものの有意な改善効果は認められなかった。また培養心筋細胞であるH9c2細胞においても、ドキソルビシン処理によりミトコンドリア代謝機能は低下したが、チオ硫酸ナトリウムを追加しても代謝機能の改善は得られなかった。 本課題において3年間の検討結果からは、抗癌剤ドキソルビシンによる心筋障害およびそれに対するチオ硫酸の心筋保護効果に関して、そのメカニズムの首座がミトコンドリア障害にあることを示すことはできなかった。今後さらなる検討を要する。
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