吸入麻酔薬の意識消失作用のメカニズムには、未解明の部分が多く残されている。睡眠から覚醒への移行に関わる覚醒系神経回路は、ヒスタミン神経細胞などのモノアミン神経系とそれを制御するオレキシン神経細胞、ニューロテンシン神経細胞などの神経ペプチド系により構成されており、これらの神経細胞が活性化することが、覚醒への移行と維持に重要である。そこで、全身麻酔の導入による意識消失や、回復期における意識消失からの覚醒において、ニューロテンシン神経細胞がどのような役割を果たしているか、薬理遺伝学・化学遺伝学的手法などを用いて検証した。 ニューロテンシン陽性細胞にのみCreリコンビナーゼを発現するマウスを用いて、視床下部ニューロテンシン神経細胞特異的特定受容体発現マウスを作成した。このマウスに対して特定薬物を投与すると、視床下部のニューロテンシン神経細胞のみ活性が変化する。特定薬物または対照としての生理食塩水を投与し、視床下部ニューロテンシン神経細胞の活性化によって、セボフルラン、イソフルラン、デスフルランによる全身麻酔の導入および回復が変化するか検証した。結果、吸入麻酔薬投与開始から意識消失までの時間、投与終了から意識回復までの時間に、統計学的に有意な変化を認めなかった。これは視床下部ニューロテンシン神経細胞にのみ特定受容体が発現しているか、さらなる検証を必要とする点があるため、実験手技上の問題やサンプルサイズの問題を否定することはできないが、ニューロテンシン神経細胞の活性化は吸入全身麻酔薬の導入と回復に関与していないことが推論された。
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