本研究では、慢性痛の本態ともいえる痛みの“脳内”可塑的変化の機構をシナプスレベルで解明することを目指し、特定の状態で活動したニューロンのみに人工機能分子を発現させる実験手法「Fos-TRAP法」を用い、痛み活性化ニューロンを標識し、急性脳スライス標本でのパッチクランプ記録によってその機能的特徴を解析した。研究代表者らは、ホルマリン口唇部投与による局所炎症で活性化される痛み上行路、腕傍核-扁桃体中心核経路において、痛み活性化ニューロンに光活性化チャネルや蛍光タンパクを発現させ(TRAPし)、痛み活性化腕傍核ニューロン-痛み活性化扁桃体中心核ニューロン間の興奮性シナプス伝達を記録した。一過的口唇部局所炎症で痛み活性化ニューロンをTRAPし2週間以上経過した時点では、痛み活性化ニューロン同士の腕傍核-扁桃体中心核興奮性シナプスは、非特異的腕傍核-痛み活性化扁桃体中心核ニューロン間のシナプスに比べて強い機能的結合を示した。この強いシナプス結合が、追加の炎症刺激介入によってどのような影響を受けるかを明らかにするため、口唇部局所炎症でのTRAPの後2週間以上経過した時点で、急性脳スライス標本作製前日にホルマリン足底投与による局所炎症、または、リポ多糖(0.5 mg/kg i.p.)による全身炎症を惹起し、痛み活性化シナプス伝達を記録した。その結果、痛み活性化ニューロン同士の腕傍核-扁桃体中心核興奮性シナプス伝達は、局所炎症追加群と全身炎症追加群で異なるシナプス伝達強度変化を示した。その背景には、腕傍核-扁桃体中心核経路における各刺激活性化ニューロンのポピュレーションの違いや、ほとんどがGABA作動性ニューロンで構成されている扁桃体中心核内の抑制性局所回路活動の影響があると考えられる。今後抑制性シナプス伝達に焦点を当てたさらなる解析が必要である。
|