本研究では,モルヒネ投与により術後痛が遷延化し,遷延性術後痛モデルとなりうるのか,もしそうなら,遷延性疼痛に寄与するシグナルは何かを明らかにしたいと考えた. まず,マウスを用いた術後痛モデルとその対照群を設定する目的で,6-8週齢のC57BL/6N雄性マウスを用いて,4種類の足底切開モデル(①皮膚のみを薄く切開した群,②筋肉の剥離はせずに皮膚を切開した群,③皮膚切開後,屈筋腱を傷つけずに周辺の筋肉を剥離する群,④皮膚切開後,周辺の筋肉を剥離し,屈筋腱をピンセットで持ち上げ,切断しないように横に3本傷をつける群)を作製し,機械的刺激法および熱刺激法で痛覚閾値を測定した.①-④全ての群で機械的刺激では術後1-14日目に痛覚閾値の低下がみられ,熱刺激では術後14日目に痛覚閾値はほぼ術前まで回復するものの,術後7日目までは痛覚閾値の低下がみられた.手術法による痛覚閾値の違いは認められなかった.ラットの場合sham手術は①②に相当することが報告され実験に用いられているが,本実験から,マウスではラットと異なり①②の手術がsham手術以上の疼痛反応を引き起こすため,術後痛モデルのコントロールにならないことが示唆された. また,③のモデルを用いて測定切開直後から浸透圧ポンプを用いてモルヒネを持続投与(20mg/kg)し,7日目に投与を中止するというモデルが遷延性術後痛モデルとなりうるかを検討した.このモデルではモルヒネ投与3日目までは鎮痛作用が見られたが,4日目以降は痛覚閾値の低下が認められ,いわゆるモルヒネの耐性現象が生じたと考えられた.それ以降手術14日後まではモルヒネを投与しないコントロール群と比較して痛覚閾値の有意な差は認められず,術後遷延痛といえる状態にはならなかった.つまり,本方法ではモルヒネの退薬現象に伴う遷延性術後痛モデルの作製は困難であることが明らかになった.
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