研究課題/領域番号 |
20K09470
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研究機関 | 独立行政法人国立病院機構(相模原病院臨床研究センター) |
研究代表者 |
田中 信帆 独立行政法人国立病院機構(相模原病院臨床研究センター), 政策医療企画部, 研究員 (60530920)
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研究分担者 |
福井 尚志 独立行政法人国立病院機構(相模原病院臨床研究センター), 政策医療企画部, 特別研究員 (10251258)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 変形性関節症 / 関節 / 膝 / タンパク分解酵素 |
研究実績の概要 |
変形性関節症(OA)ではMMP-13やADAMTS-4、5など種々のタンパク分解酵素の作用によって軟骨基質の変性が進むと考えられている。このためタンパク分解酵素の発現については今までに多くの研究がなされてきた。しかしこれらの酵素は活性型として産生されるものではなくはじめ活性のない潜在型として産生されたのち、活性化の過程を経て初めて活性を示すようになり種々のタンパクを分解するようになる。このためタンパク分解酵素の活性化の機序は産生の機序以上に重要とも考えられる。しかし今までのところOA関節におけるタンパク分解酵素の活性化については、ごく限られた知見しか得られていない。 本研究の研究代表者(以下、代表者)はOA軟骨の解析を様々な方向から行っていく中で、軟骨の肉眼的な変性部において非変性部に比してurokinase(uPA)の発現が亢進し、プラスミンの活性も上昇していること、およびOAの痛みに深く関与するnerve growth factor(NGF)の発現が亢進していることを見出した。プラスミンはそれ自体がアグリカンを分解する作用を持つほか、種々のMMPを活性化する作用があり、その作用によっても軟骨基質の変性を強力に推し進めている可能性がある。また膝関節のOAについては、今までの多くの疫学研究において痛みと進行がリンクしていること、すなわち軟骨の変性消失が速やかに進む症例において痛みが強い傾向があることが示されているが、軟骨変性部においてプラスミンの活性とともにNGFの産生が亢進していたことは、この痛みと進行のリンクを説明する現象なのかもしれない。本研究では、これらの知見に基づき、軟骨変性部においてプラスミン活性が亢進する機序とNGFの発現が誘導される機序を明らかにすることを目的に研究を行うことを予定した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究初年度の2020年度は主に軟骨変性部においてプラスミン活性が亢進する機序について検討を行った。代表者はすでに軟骨変性部において非変性部に比してuPAの発現が亢進していることを確認していたため、線溶活性に関与するuPA以外の因子の発現について検討を行った。はじめにuPAの活性を阻害するplasminogen activator inhibitor(PAI)-1の発現について検討したところ、その発現もOA軟骨変性部において非変性部に比して顕著に亢進していることが明らかになった。次いで線溶活性の亢進に関与するもう一つの酵素であるtissue-type plasminogen activator(tPA)の発現を調べたところ、意外なことに先行論文の記述に反してtPAの発現もOA軟骨変性部において明らかに亢進していることが判った。以上の結果からOA軟骨変性部におけるプラスミン活性の発現は、uPA、tPAのいずれか、あるいは両方の活性がPAI-1の阻害作用を凌駕した結果誘導されたことによると考えられた。 以上の解析と並行して代表者は軟骨変性部においてuPAの発現が誘導される機序の検討を進めた。変性軟骨中に存在する何らかの因子が軟骨細胞に対してuPAの発現を誘導する可能性が考えられたため、変性部の軟骨組織からPBS中のホモジナイズによりタンパクを抽出し、単層培養で維持されたヒト一次培養関節軟骨細胞に添加したところ、予想通りuPAの発現が亢進したほか、さらにNGFの発現も亢進するという結果が得られた。OA軟骨非変性部から抽出されたタンパクについてはこれらの遺伝子の発現はほとんど変化せず、この結果から変性軟骨中に存在する何らかの因子が軟骨細胞に対してuPAとNGFの発現を誘導しているものと考えられたが、本年度は因子の特定までは行うことができなかった。
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今後の研究の推進方策 |
研究第二年度にあたる2021年度には、前年度の結果をもとに軟骨変性部におけるプラスミン活性の発現機序についてさらに検討を進める。2020年度の検討により軟骨変性部ではuPA以外にtPAの発現も亢進していることが明らかとなったため、2021年度は軟骨変性部におけるこれらの酵素の活性を調べ、実際にどちらの酵素の活性によってプラスミンが産生されるのかを明らかにする。もしtPAの関与が大きいという結果が得られた場合は、uPAの発現亢進の機序の解明に加えてtPAの発現亢進の機序についても検討を行う。またもしuPAの活性の関与が大きいという結果が得られた場合、2020年度に解析できなかったuPARについても検討を行う。 2020年度には軟骨変性部から抽出されたタンパクの中に軟骨細胞に対してuPAとNGFの発現を誘導する因子が含まれていることを明らかにしたが、それがどのような因子なのかの特定は行えていない。このため2021年度にはこの因子の特定をまず行う。この因子の候補として現在最も有力なのはTGF-B1である。TGF-B1は以前の報告でNGFの発現を誘導することが報告されており、また代表者は以前の研究でTGF-B1が軟骨細胞に対してuPAの発現も誘導することを確認している。このため検討ではまずTGF-B1に対する特異的な阻害剤を用いて、変性軟骨からの抽出タンパクによるuPA、NGFの発現誘導が阻害されるかを検討する。この結果からTGF-B1の関与が確認できた場合、さらにOA軟骨変性部、非変性部からのタンパク抽出液におけるTGF-B1の活性を計測する。TGF-B1の活性計測は容易ではないが、代表者らはTGF-B1の活性に応じて alkaline phosphataseを分泌するよう遺伝子導入されたHEK細胞(HEK-Blue, Invivogen)を用いて活性の計測を行うことを考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
今後の研究の推進方策」で述べたように、2021年度は軟骨変性部からのタンパク抽出液中のuPA、tPAおよびプラスミンの活性の計測を行い、軟骨変性部におけるプラスミンの活性発現にuPA、tPAのどちらの関与が大きいかを明らかにすることを予定している。このためこれらの酵素の活性計測キットが必要となり、その購入に今年度以上の研究経費を必要とする見込みである。また軟骨変性部におけるuPA、NGFの発現亢進の機序の解明についても、TGF-B1の阻害剤を複数購入する必要があり、その結果の解析に定量PCRによる解析を行う必要がある。さらにTGF-B1の関与が確認された場合、その活性計測のためHEK-Blueの新規購入も必要となり、その培養、保存、活性計測にそれぞれ培養関連試薬、計測用の試薬の購入が必要になる。このように2021年度に多くの研究経費を必要とすると予想されたことから、本年度の研究経費の一部を翌年に繰り越すこととなった。
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