研究課題/領域番号 |
20K09543
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研究機関 | 横浜市立大学 |
研究代表者 |
富澤 信一 横浜市立大学, 医学部, 講師 (00704628)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 不妊 / 精子形成 / エピジェネティクス / Kmt2b / ヒストン修飾 |
研究実績の概要 |
本研究では精子幹細胞においてヒストンメチル化酵素KMT2Bが制御する遺伝子の同定とその精子形成における機能解析を目的としている。これまでの研究で、KMT2Bは精子幹細胞の分化に必須であることが示され、またKMT2Bは精子形成後半に発現する多くの遺伝子にあらかじめH3K4me3を導入するという重要な機能を有することが明らかとなっている。それを受けて本研究では、それらKMT2B依存的な遺伝子の一つとしてTsga8を同定し、その機能解析を実施した。CRISPR-Cas9システムによりマウスのTsga8遺伝子をノックアウトすると、精子細胞の伸長が正常に進まず、異常な形態を示すことが分かった。さらに、ノックアウトマウスの雄は完全な不妊を示した。つまり、Tsga8は精子形成後半に必須な遺伝子の一つと結論付けられた。続いて、本研究ではKMT2Bによって制御されるもう一つの遺伝子TG2に着目した。TG2遺伝子は精母細胞から精子細胞において発現する遺伝子であるが、その機能は未知である。そこでCRISPR-Cas9によってマウスのTG2遺伝子をノックアウトしたところ、精子形成が著しく障害され、成熟した精子が精巣上体にほとんど存在しない状態となることが分かった。さらに、詳細な組織学的解析により、TG2欠損精巣は伸長精子細胞の形態形成不全による細胞数の減少を示した。また、RNA-seq法による遺伝子発現解析の結果、TG2遺伝子の障害は精子形成に必要な遺伝子の発現低下や、細胞外の炎症にかかわる遺伝子の活性化を誘導することが明らかとなった。これらの結果より、KMT2Bはその下流の遺伝子の制御を通し、精子形成や不妊に幅広く影響する重要な酵素であることが示された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では現在までに、当初目的としていたKMT2Bの標的遺伝子の機能解析を順調に進めることができている。まず、前年度までにTsga8遺伝子の機能解析をノックアウトマウス作製により実施し、Tsga8が精子細胞の発生に必須であることを明らかにした(Kobayashi, Tomizawa et al., Development, 2021, 148: dev196212)。さらにその後、次なるKMT2Bの標的遺伝子として同定されたTG2遺伝子に焦点を当て、そのノックアウトマウスの作製を実施した。その結果、TG2遺伝子もTsga8同様に実際に精子形成に必須であることを同定した。続いてノックアウトマウスの精巣組織を採取することにより、免疫組織学的解析や電子顕微鏡解析による精子細胞の形態形成異常の解析を実施し、TG2の欠損がもたらす精子形成不全の全容を同定することに成功している。また、ノックアウト精巣を用いたRNA-seqを行うことで、TG2がかかわる精子形成の分子メカニズムの解析を一部進めることができている。現時点ではこれらの結果より、TG2遺伝子は精子形成の後半において重要な機能を有する新たな遺伝子であり、その異常は不妊につながると結論付けることができたため、今後さらに詳細なメカニズム解明のための追加実験と次世代シークエンスデータの解析を進めることとしている。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、TG2遺伝子の精子形成における機能解析をさらに進める。現在までのところ、TG2のノックアウトが精子形成不全による不妊を示すことがわかっている。また、その大きな原因として、精子細胞の正常な形態形成が阻害されていることが示されている。一方でRNA-seqによる遺伝子発現解析では、ノックアウトマウスの精巣において多くの精子形成遺伝子の発現低下や炎症系の遺伝子の活性化が認められている。そこで、今後はそれらの異常がどのようなメカニズムによって引き起こされるかをより詳細に解析する。そのために、まず精子細胞を高純度に分取し、精子細胞内で起きている遺伝子発現の変化をとらえる。さらにTG2遺伝子がコードするアミノ酸配列よりタンパク質の機能予測を実施し、発現変動した遺伝子との関連性を調べ、必要な追加実験を実施することとする。TG2遺伝子の機能解析により得られたデータは追加解析の結果を含めて論文として報告することを予定している。 一方で、Tsga8遺伝子の結果と併せることで、KMT2Bが精子幹細胞で制御する複数の遺伝子が精子細胞の発生に重要な役割を有していることがわかってきた。KMT2Bによるエピゲノムの調整が幅広く精子形成を制御し、不妊に関与するという知見は精子形成の研究領域やエピジェネティックな現象の理解のために極めて重要であるため、KMT2B依存的な遺伝子発現ネットワークの理解をさらに進めるための精子幹細胞エピゲノム解析も進めることを計画している。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度は作製したノックアウトマウスの組織学的解析などを中心に研究を進めたため、計画よりも使用額が少ない結果となった。今後、次世代シークエンサー解析を含むより詳細なノックアウト表現型解析を実施するため、それにかかわる費用やマウスの維持費用などが追加でかかることを予定している。
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