研究課題
精子の形態評価は男性不妊症を特徴づけるために重要な検査である。しかし、その診断のほとんどは低分解能な光学顕微鏡下で行われているため、精子の微細な表面構造を正確に評価できない。また、精子形態評価に高分解能な電子顕微鏡を用いた場合でも、従来の観察方法では試料の化学固定や脱水処理、凍結乾燥などの操作により、本来の形態情報が消失している可能性が危惧される。一方NanoSuit法は細胞外物質やそれを模倣した物質を電子線重合させ、高真空下において細胞の乾燥を防ぐことで、生きたままの形態情報を保持した細胞を電界放出形走査電子顕微鏡(FE-SEM)により観察することを可能にする新しい電子顕微鏡観察法である。初年度に我々はNanoSuit法を精子に適応し、未固定の精子試料の精子頭部(アクロソーム領域、赤道領域、ポストアクロソーム領域)、頚部、中片部、尾部の超微細形態をFE-SEMで高い解像度で評価する方法を確立させた。そして、昨年度は光学顕微鏡において正常形態に分類される精子であっても、NanoSuit法を用いたFE-SEM観察では精子頭部表面構造はその特徴の違いよりいくつかの分類群にわけられることを明らかにした。また、この違いは精子表面の小麦胚芽レクチン(WGA)やコナンカバリンA(ConA)レクチンの結合能に影響することを確認した。この結果はこのような形態的な違いが精子の機能的な違いにも影響している可能性を示唆している。本研究成果は、正常形態精子の定義を考える上で非常に重要な知見となると考える。現在、このような違いが体外受精などの臨床成績に影響するかどうかを検討している。さらに、FE-SEMに比し小型で安価な卓上電子顕微鏡においても同様の評価が可能であること、さらに試料の調整法についても精子に最適化した方法を確立させたことで、精子試料提供から5分以内で観察可能となり、スピーディーな観察結果の提供を可能とした。
2: おおむね順調に進展している
初年度にはNanoSuit法を用いた精子の含水状体での観察法を確立することができ、本成果は第40回日本アンドロロジー学会において学会賞を受賞した。また、昨年度は光学顕微鏡観察下で正常形態精子と分類される精子であっても、我々の観察法を用いることで、精子表面構造の違いからより詳細な分類ができることを明らかにした。現在、これらの成果に基づき、このような形態的な違いが体外受精などの臨床成績に影響するかどうかの評価を実施している。また、本法を臨床的に実用化する目的で、FE-SEMに比し安価な卓上SEMでの観察法や試料調整などについても継続中である。研究の進捗状況は、おおむね順調に進展している。
NanoSuit法を用いることで、これまでの光学顕微鏡下による精子形態評価に比べて、詳細に精子形態の分類ができることが明らかとなった。現在、この形態的な違いが体外受精などの臨床成績に影響するかどうかを評価しており、次年度も引き続き、本検討を行う。また、体外受精の臨床成績には精子形態だけでなく、女性側の不妊原因も考慮する必要があり、多重比較解析や機械学習的な手法を用いて、NanoSuit法による精子形態評価の臨床的な有用性を評価する。
研究の展開により購入を予定していた試薬や消耗品を次年度以降に購入することになったため繰り越し金が生じた。
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Microscopy (Oxf)
巻: 71 ページ: 1-12
10.1093/jmicro/dfab042