研究実績の概要 |
癌細胞の移動のし易さは、癌の転移能と密接に関わっている。本研究において、我々はこれまで血管作動性腸管ペプチド(vasoactive intestinal peptide: VIP)受容体2 (VIPR2)が細胞遊走に関わることを見出した。VIPの添加によってヒト乳癌由来MCF-7細胞やMDA-MB-231細胞の移動能が亢進し、この作用はVIPR2をノックダウンした細胞では低下し、外来性のVIPR2を安定発現させた細胞ではさらに増加した。また新規に開発したVIPR2特異的アンタゴニストの添加によっても細胞遊走は阻害された。しかし当時は、VIP-VIPR2下流の細胞遊走に関わるシグナル伝達経路は不明のままであった。 我々は令和3年度の研究によって、VIPR2シグナルがPI3K活性を上昇させることを明らかにした。PI3Kの活性化は細胞膜PI(3,4,5)P3量を増加させ、細胞遊走に必須の仮足形成や伸長を促進させる。実際に、VIPR2のノックダウンはMDA-MB-231細胞の葉状仮足の形成とその伸長を抑制した。仮足形成時、WASP family verprolin homologous protein 2 (WAVE2)はPI(3,4,5)P3と結合し、活性化する。活性化型WAVE2はactin-related protein 2/3と共に細胞膜直下のアクチンを重合させ、その結果、仮足が伸長する。VIPR2過剰発現細胞を用いた免疫染色によって、VIPR2がWAVE2と共に葉状仮足に局在していることを明らかにした。 これらの発見は、VIP-VIPR2シグナリングが、PI(3,4,5)P3合成を促進させ、WAVE2を介して仮足の伸長を調節することにより、癌細胞遊走を制御していることを示唆している。
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