研究課題/領域番号 |
20K09916
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研究機関 | 国立研究開発法人国立成育医療研究センター |
研究代表者 |
柳 久美子 国立研究開発法人国立成育医療研究センター, ゲノム医療研究部, 研究員 (90294701)
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研究分担者 |
要 匡 国立研究開発法人国立成育医療研究センター, ゲノム医療研究部, 部長 (40264288)
石谷 太 大阪大学, 微生物病研究所, 教授 (40448428)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 特異的顔貌 / 心脊椎手根骨顔症候群(CSCF) / 前頭・骨幹端異形成症(FMD) / MAP3K7 / 単一遺伝性疾患 / 表現型異質性 / 網羅的遺伝学的解析 / ゼブラフィッシュ |
研究実績の概要 |
我々は特異的な顔貌を呈する遺伝性疾患の病態解明に興味を持ち研究に取り組んでいる。心脊椎手根骨顔症候群(CSCF)と前頭・骨幹端異形成症(FMD)疾患は特異的顔貌と骨症状を主徴とする非常に希な遺伝性疾患で、両疾患ともMAP3K7遺伝子における病的バリアントの同定が確定診断となる。原因遺伝子は同じであるにもかかわらず、両疾患の封現型は全く異なる。CSCFでは筋緊張低下様の顔貌に加え、歯列不正、歯牙萌出遅延、心疾患、骨癒合を伴う短指症や低身長を特徴とする。FMDでは前頭領域の骨過成長による特異顔貌を呈し、下顎骨低形成、永久歯萌出遅延、手指骨および大腿骨骨頭などの変形等を認める。そこで本研究では、MAP3K7が関連して生じるCSCFとFMDの表現型異質性について遺伝学的背景に基づいた説明を試みることを目的する。 本年度は網羅的な遺伝学的解析により、CSCF表現型を呈する患者1例でMAP3K7の新規遺伝子変異を同定した。加えて、同様の表現型を呈する別の1例でMAP3K7の細胞内シグナル伝達に関わる遺伝子に新規バリアントを同定した。In silico解析にて、CSCF表現型の原因となるバリアントはドミナントネガティブに作用すると予想された。この仮説に基づき、モルフォリノを使ったMAP3K7ノックアウトゼブラフィッシュおよびTAK1 inhibitorで処理したゼブラフィッシュを作成し、疾患患者で認められる症状に類似した心臓や顔面の奇形が、有意な頻度で観察されることを示した。これら遺伝学的解析およびモデル生物を用いた解析により、MAP3K7の機能低下がCSCF病態機序に関わっていると考察された。 本研究と平行して特異顔貌を呈する希少疾患、耳下顎関節頭症1で新規のARCND1遺伝子病的バリアントを同定するとともに、これまで記載されてこなかった他の類似疾患と鑑別しうる表現型について論文発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
網羅的な遺伝学的解析により、CSCFの表現型を呈する患者2名にMAP3K7の新規変異および新規原因遺伝子を絞り込んだ。公開されている各種データベースおよびInhouseバリアントデータベースを探索し、これらのバリアントは非常に希なバリアントであることを確認した。MAP3K7バリアントは種を超えて保存されており、複数の予測ツールで変異による影響が大きいと予想された。これまでの知見から当該変異は自己リン酸化部位であり、患者に絞り込まれたバリアントではMAP3K7を介するシグナル伝達が阻害されている可能性が示唆された。いっぽう、新規原因遺伝子はMAP3K7と複合体を形成することが分かっているが、患者で見つかった新規原因遺伝子のバリアントではMAP3K7と複合体を形成する領域が欠失すると予測された。以上の結果から、CSCFの表現型を呈する患者2名に見つかった2つのバリアントは、MAP3K7を介するシグナル伝達が阻害されているのではないかとの作業仮説を考えた。 ゼブラフィッシュを用いた実験においても、野生型MAP3K7を過剰発現させた個体には頭部や尾部に強い異常が生じるのに対し、変異MAP3K7過剰発現個体は野生型に比べて異常の程度が弱くなることが観察された。このことは、変異MAP3K7は機能低下型変異であることが強く示唆する。さらにMAP3K7特異的阻害剤で処理を行った個体、およびアンチセンスモルフォリノオリゴヌクレオチドを注入した個体では有意に心および顔面に異常を伴っていることが観察された。 遺伝学的解析およびモデル生物を用いた解析結果は、MAP3K7の機能低下がCSCF病態機序に関わっているという作業仮説を支持する結果と考察され、現在、in vitro解析に向けてMAP3K7および新規原因遺伝子変異をサブクローニングおよび患者血液から、B細胞の株化に取り組んでいるところである。
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今後の研究の推進方策 |
変異MAP3K7は自己リン酸化に関わると想定されるアミノ酸部位に変異を生じているため、in vitro kinase assayを用いてリン酸化の程度を検証する。リン酸化が減弱していることが示されれば、MAP3K7の機能低下がCSCF病態機序に関わっているという作業仮説の証左のひとつとなる。またNF-kB活性を指標としてルシフェラーゼアッセイを行い、変異MAP3K7の細胞内活性について検証する。新規原因遺伝子はMAP3K7と複合体を形成して、そのシグナルを下流に伝えると考えられる。患者で同定された新規原因遺伝子変異タンパクはその構造からMAP3K7が複合体形成できないと予想されるが、細胞内での動態をプルダウンアッセイ等により確認し、どのようにシグナル伝達を阻害するのか考察する。 さらに、MAP3K7や新規原因遺伝子はT細胞受容体やB 細胞受容体からのシグナルを受けて下流の NF-κB および MAPK を活性化することから、細胞増殖あるいは細胞間接着という形でMAP3K7の活性を観察することができると予想される。患者および健常者由来の末梢血単核球、株化B 細胞をCD3/CD28あるいはCD40Lで刺激し、その影響を観察する。また、それぞれの細胞からRNAを抽出しRNAシーケンスを行うことで、細胞内の分子動態を全体的に把握する。 以上、遺伝学的解析およびモデル生物を用いた解析の結果に加え、変異MAP3K7おび新規原因遺伝子の分子動態解析を検証し、論文化をめざす。
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次年度使用額が生じた理由 |
2020年度にアクセプトされた論文の掲載料支払手続きが年度をまたいでしまったため、次年度使用額が生じた。掲載料は、2021年度使用額から支払う予定である。
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