研究課題
網羅的な遺伝学的解析が進む中で、表現型が全く異なる疾患であっても原因遺伝子が共通である場合が少なくないことが知られるようになり、病態を理解するためには疾患に関わると考えられる固有の病的遺伝子バリアントの影響を調べることが必須となりつつある。心脊椎手根骨顔症候群(CSCF)と前頭・骨幹端異形成症(FMD)疾患はそのような疾患の一例であり、両疾患ともMAP3K7遺伝子における病的バリアントの同定が確定診断となる。両疾患ともに顔貌と骨形成に異常をきたすが、表現型は全く異なり、CSCFは筋緊張低下様の顔貌、低身長を特徴とし、FMDでは前頭骨過成長および下顎骨低形成を伴う特異的な粗い顔貌が特徴となる。これらのことから、CSCF とFMDの原因となるMAP3K7バリアントは、機能的に異なる機序が病態形成に関与しているという仮説をたて、それらを明らかにすることを目的として本研究を進めている。昨年度は遺伝学的解析により疾患にかかわる病的バリアントを同定し、in silicoにて機能的変化を予測するとともに、モデル生物を用いた解析により、CSCF病態機序にMAP3K7の機能低下が関わっていることを明らかにした。本年度は細胞内における病的バリアントの影響を直接的に解析することを目指し、健常者および患者末梢血から回収したリンパ球を用いて、細胞外刺激に対する細胞増殖能と細胞接着性について解析し、その差異について明らかにした。また、MAP3K7バリアントと新規原因遺伝子の変異バリアントをサブクローニングするとともに健常者および患者血液から不死化B細胞を樹立し、 in vitro実験を容易にするための準備を行った。本研究と平行して胎児様顔貌を特徴とする希少疾患、Robinow syndromeで新規のDVL3遺伝子病的バリアントを同定し、これまで報告されてきたバリアントと比較検討し学会発表を行った。
2: おおむね順調に進展している
網羅的な遺伝学的解析により、CSCFの表現型を呈する患者2名にMAP3K7の新規変異および新規原因遺伝子を絞り込んでいる。これまでの知見からMAP3K7変異は自己リン酸化部位であり、MAP3K7を介するシグナル伝達を抑制すると考えられた。いっぽう、新規原因遺伝子に同定されたバリアントはMAP3K7との複合体形成に不可欠の領域が欠失しており、MAP3K7の機能的喪失がCSCFの原因であるとの作業仮説をたてている。さらに、今年度の文献・学会などでの報告状況を精査したところ、新たにCSCFで1例報告が追加されていることが判明した。当該バリアントはキナーゼドメインに位置し、機能的に重要なアミノ酸であることが基礎的研究で示されており、我々の作業仮説を補強すると考えられた。ゼブラフィッシュを用いたMAP3K7過剰発現および特異的阻害剤を用いた実験においても、変異MAP3K7は機能低下型変異であることが強く示唆される結果を得ている。本年度は患者由来細胞を用いた解析に取り組んだ。MAP3K7はT細胞受容体やB 細胞受容体からのシグナルを受けて下流の NF-κB および MAPK を活性化することが知られている。そこで患者および健常者由来の末梢血単核球をCD3/CD28で刺激し、細胞増殖、細胞接着性について観察した。その結果、患者由来細胞、健常者由来細胞の両者で細胞増殖については有意差が認められなかったが、細胞接着性が患者由来細胞で明らかに減弱していることが判明し、細胞内での変異MAP3K7の動態は単純ではないことが示唆された。これらの実験を通し、末梢血では実験に必要な試料を揃えることに限界があることを痛感し、恒常的により詳細なin vitro実験を行える環境を整えるために、患者および健常者血液から不死化B細胞を樹立成功するなど、研究はおおむね順調に進んでいる。
今年度は当該研究の最終年度になる。樹立した患者および健常者由来B細胞を用いて直接的に作業仮設の検証を試みる。具体的にはin vitro kinase assayを用いて患者および健常者由来B細胞内のリン酸化の程度を比較検討する。リン酸化が減弱していることが示されれば、CSCF病態機序にMAP3K7の機能低下が関わっているという作業仮説の証左のひとつとなる。同時にNF-kB活性を指標としてルシフェラーゼアッセイを行い、変異MAP3K7の細胞内活性について検証する。また、新規原因遺伝子はMAP3K7と複合体を形成して、そのシグナルを下流に伝えると考えられている。患者で同定された新規原因遺伝子変異タンパクは、予測される構造からMAP3K7が複合体形成できないと推測される。そこで、細胞内での動態をプルダウンアッセイ等により確認し、複合体形成の状況を確認する。以上、患者由来細胞を用いた in vitro解析の結果を総合的に議論し、CSCFの病態形成に関わるMAP3K7のシグナル伝達について考察する。最終的に、遺伝学的解析およびモデル生物を用いた解析の結果に加え、変異MAP3K7おび新規原因遺伝子の分子動態解析を検証し、論文化をめざす。
Covit19対策により、WEB開催になった学会があり旅費が発生しなかったため。
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