本研究の目的はエナメル質の再生能力を高めることにより歯を切削することなく非侵襲的にエナメル質齲蝕を再生することである.成熟エナメル質のアパタイト結晶は誘電率の低い六方晶であり,再生能力に乏しい.一方,胎生期のエナメル質は非晶質ながら誘電率の高い単斜晶の対称性を示しているため,石灰化を促進しエナメル質全体の発生に関与する.我々はハロゲンランプと過酸化水素を用いて漂白したエナメル質は結晶レベルで部分的な欠陥を生じ,イオン導入が活発になることを発見した.エナメル質の最小構造モチーフはハイドロキシアパタイトのナノワイヤ―(結晶)構造とエナメルタンパクの複合体である.これらナノ結晶が成長を競い合う粒界三重点は生来的に酸による侵襲を受けやすくう蝕に罹患しやすい.この様なう蝕に罹患しやすい,あるいは既にう蝕に罹患している粒界三重点を漂白によって除去することができる.エナメル質の六方晶構造に部分的な欠陥を作ると結晶は最も安定な状態に自然回復しようとする力が働き(アニーリング)化学両論的アパタイト構造である単斜晶に遷移するが,主に炭酸イオンの自然導入により六方晶へ再遷移する.このためアニーリングと同時にフッ素イオンとストロンチウムイオン,二種類の陰イオンを導入.単斜晶状態が維持できるため,エナメル質は胎生期の石灰化能力を発揮し,エナメル質初期齲蝕の著しい再石灰化が見られた.令和4年度の研究では,エナメル質の結晶遷移についてはHRTEMによる画像を高速フーリエ変換によりシミュレーションを行い,単斜晶アパタイトの存在を明らかにした.さらに三次元SEM画像により,漂白処理によってエナメル質の粒界三重点が選択的に除去され,再石灰化への経路が形成されることが判明した.これらの結果は従来の罹患歯質切削に依存した歯科治療と大きくことなる新たな齲蝕修復治療の可能性を示唆している.
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