研究課題
歯の喪失や不正な歯列に伴う咬合不調和は慢性的なストレスを誘発し、自律神経系に変調をもたらすことが知られている。一方、交感神経系の持続的な活性化は不整脈や心不全の誘因となる。これらのことは、咬合不調和が心血管疾患のリスクファクターである可能性を示唆するが、両者の連関については依然不明な点が多い。本研究おいて、研究代表者はマウスの実験モデルを用いて、咬合不調和が心機能や心房細動(Atrial fibrillation: AF)への感受性に及ぼす影響を解析した。マウスの下顎前歯に歯科用レジンを装着して0.7 mm開口させる開口負荷処理(bite-opening: BO)により咬合不調和を誘発し、本処理を2週間持続して行った。BO処理によって血漿コルチコステロンレベルの有意な上昇が認められ、心拍変動解析ではBO処理群のLF/HF値はコントロール群よりも有意に増加していた。心エコー検査により左室収縮機能を測定したところ、BO処理マウスの左室駆出率ならびに左室内径短縮率はコントロールよりも有意に低値を示した。また、経食道心房バーストペーシングによってマウスに誘発したAFの持続時間を測定した結果、BO処理群のAF持続時間はコントロール群と比較して有意に延長していた。組織染色では心筋細胞のアポトーシス、線維化、および酸化的DNA損傷がBO処理群で有意に増加していた。心臓組織から抽出したタンパク質を用いたウェスタン解析の結果、BO処理による酸化ストレスの亢進やカルシウム過負荷が推測された。一方、BOによって誘発された上記の変化の多くはβアドレナリン受容体遮断薬プロプラノロールにより有意に抑制された。以上の結果から、咬合不調和は交感神経の慢性的活性化を介して心臓組織のリモデリングを引き起こし、これにより心機能低下やAFの感受性増大を誘導し得ることが示唆された。
2: おおむね順調に進展している
咬合不調和は世界で一般的に認められる口腔健康の異常であるが、心機能やAF発症との関連についてはこれまで不明であった。本年度は野生型C57BL6マウスを用いた研究を中心に行った。我々の研究室による報告を含む既存の方法に改変を加えて、咬合不調和のマウス実験モデルを作製した。当該モデルを用いて、咬合不調和によるストレスが交感神経系の慢性的活性化を介して心機能の低下およびAF感受性の上昇を誘発することを示した。
Epac1(Exchange protein directly activated by cAMP 1)は心臓βアドレナリン受容体シグナルの下流で機能するcAMP標的因子の1つである。我々はこれまでに、慢性圧負荷や慢性カテコラミン投与による心臓リモデリングおよび心機能低下におけるEpac1の役割を明らかにしてきたが、咬合不調和との連関は不明である。今後は、我々の研究室で保有するEpac1KOマウスを用い、咬合不調和によって誘発される心臓の病的変化におけるEpac1の機能を解析していく。
本年度は野生型マウスを随時購入し、当該マウスを用いて咬合不調和が心機能に及ぼす影響を解析した。かかる研究においては既に我々の研究室で確立された実験手法・実験装置を用いた。一方、Epac1KOマウスは本研究の遂行に必要であるが、本年度は系統の維持に必要な飼育数にとどめた。また、コロナ禍により学会はWeb開催となったため、学会参加費以外に予定していた旅費の支出がなかった。これらの理由により次年度への繰越金が生じた。次年度はEpac1KOマウスを用いた実験を本格化させる予定であり、本マウスの飼育管理費等が大幅に増加する。また、心拍変動解析もEpac1KOと野生型マウスを用いて本年度以上に加速させる。本年度の繰越金を次年度の直接経費と合わせ、上記項目に充当していく。
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Sci Rep
巻: 10 ページ: -
10.1038/s41598-020-70791-8
PLOS ONE
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10.1371/journal.pone.0236547
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