通常の医療では、患者個人の健康状態に応じて患者の最善を目指して治療が行われる。一方、臨床研究においては、患者個人の健康状態ではなく、研究のプロトコルに従って行われ、患者の最善ではなく一般的な知識の獲得を第一義とする。「治療であるという誤解」は、研究参加者がこのような治療と研究の区別を適切に理解していないというものである。 しかし、「治療であるという誤解」は研究参加者と研究者との複雑な環境要因もあり、研究参加者側の理解不足だけでは片付けられない。「誤解」の誘因となり得る要因は多々ある。今日では「治療であるという誤解」を避けるため、各施設では研究者が研究対象者と中立的な関係を保つ工夫を行いつつ、臨床試験参加への意思決定をサポートする取り組みが行われている。 がん患者が臨床試験に参加することの主な理由の一つに、治癒治療への欲求と期待があることは先行研究によって明らかになっている。多くのがん患者は症状や予後の改善に効果が見込める治療を望んでいる。これは治癒のないがん患者にとって、臨床試験参加の意思決定を支えるものである。そしてこの臨床試験への参加はがん患者にとって唯一の希望である。がん患者が臨床試験に治療としての期待を抱くことは、心理的に避けられない。これは研究倫理におけるインフォームド・コンセントが、自律尊重原則のみで支持できないことを示す。多くのがん患者は治癒が不可能であり、だからこそ個人的な利益である治癒を期待し、臨床試験に参加する。研究者はがん患者の脆弱さの一面を理解し、そこに倫理的配慮と支援が必要である。
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