研究課題/領域番号 |
20K11279
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研究機関 | 群馬大学 |
研究代表者 |
李 範爽 群馬大学, 大学院保健学研究科, 教授 (50455953)
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研究分担者 |
和田 直樹 群馬大学, 大学院医学系研究科, 教授 (40306204)
小田垣 雅人 前橋工科大学, 工学部, 准教授 (40453211)
伊部 洋子 群馬大学, 医学部附属病院, 助教 (70431723)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 電子版 / Trail Making Test / 視覚探索 / 高齢者 / 運転 |
研究実績の概要 |
電子版視覚探索計測Trail Making Test(TMT)の高齢者運転評価指標としての有用性に関する新たな知見を得ることができた。私たちは運転に必要な感覚・認知・運動能力を4つの階層に分け、検討してきた。具体的には下層より①機器操作、②安全管理、③身体周辺空間の拡大、④予知である。運転に関する多くの先行研究で取り組まれているのは①機器操作(例:ハンドルやブレーキ操作)、②安全管理(例:交通信号や歩行者の確認)、④予知(例:停車中のバスをみて歩行者の横断を予測)である。その反面、③身体周辺空間の拡大能力(自動車に乗車した際に自身の操作空間を車全体に広げられる能力を意味し、高齢者が左右折の際に縁石にぶつかったり必要以上に大回りしたりするのはこの空間操作能力の低下と関係する)はその重要性は広く知られているものの定量的評価が難しく学術的議論は十分に行われてこなかった。そこで私たちは電子版TMTから算出される指標から身体周辺空間の拡大能力を評価する方法について検討、新たな知見を得ることができた。 その可能性が示唆されたのは、電子版TMTから算出される3つの指標「追視」「固視」「目と手の協調」の内「固視」であった。追視が目標物を探すまでの時間、目と手の協調が目標物に手を伸ばすまでの時間であるのに比べ、固視は目標物を視覚的にとらえてから手を伸ばすまでの時間であり、主に物体と自己の空間的位置関係を構築する認知プロセスを反映する。令和3年度研究では、この固視時間が若年者と高齢者で異なること、驚愕刺激により固視時間が延長すること、また延長時間はTMT-AとTMT-Bで異なるパターンを示すことが示唆された。今後実車運転中の視覚探索行動から算出される③身体周辺空間の拡大能力と比較分析することで、高齢者運転能力を簡便に評価できる机上指標の提唱が可能になると考える。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
高齢者を対象にした「運転版Trail Making Test(TMT)」の有用性検討を始めた。対象者は高齢者講習のために前橋自動車教習所を訪問した70~80歳の高齢者、コントロール群は運転熟練者(指定自動車教習所指導員)、運転初心者(仮免許試験受験予定者)である。研究は大きく2つの方向性で取り組んでいる。1つ目は、教習所内コース実車運転中の視線分析である。視線分析装置装着の上、約10分程度の自動車運転を行い、運転中の視線探索行動を記録分析する。分析には我々が提唱している「自動車運転4層モデル」を用いた。下層から①機器操作、②安全管理、③身体周辺空間の拡大、④予知の際の注視点の時間・空間情報を計測している。令和3年度研究からは、自動車運転4層モデルに基づいて算出された注視点の個数が多いほど高齢者の自動車運転能力が高いことが示唆された。特に私たちが運転能力評価の簡便な指標として特に注目している③身体周辺空間の拡大においては、角を曲がる時に縁石への注視点がミラー内で同定されるかどうか、車庫入れ時は駐車スペースへアプローチする際に後方空間を視覚的に確認するかどうかが運転パフォーマンスと高く相関することが明らかになった。2つ目は、運転版TMTと実車運転能力との関連分析である。令和3年度では、既存の電子版TMTに加え、簡易版運転TMTを開発し実験を進めている。簡易版運転TMTでは、11個目のターゲットの後に、事故画像を提示し心理的動揺を誘発している。研究仮説通り高齢者では心理的動揺により課題遂行が著しく低下する現象がみられ、運転版TMTの有用性が示唆された。興味深いことは、一部の若年者においても同様の心理的動揺がみられ、知覚・認知・運動機能の相互作用が必ずしも加齢によってのみ影響を受ける現象ではないという新しい知見が得られた。
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今後の研究の推進方策 |
令和4年度は、前年度に引き続き教習所内コース実車運転中の視線分析に基づいた運転版TMTの運転能力予測指標開発に取り組んでいくと共に、「公道走行中の視線探索行動分析」という新たな研究の実現可能性について検討する予定である。私たちの研究モデルには以下の2つの限界があると考えられる。1つ目は、自動車教習所内コース走行では自動車運転能力を包括的に評価することが難しい点である。公道では、①歩行者の行動を予測し安全を確保すること、②目的地に到着するための最良のルートを選択すること、③複雑な交通信号や他の車との位置関係をリアルタイムで確認しながら自動車の操作を行うことが運転者に要求される。しかしながら、教習所内コースのように一定の条件を設定した上で必要最小限の運転能力を評価する場面では、このような複雑な能力を評価することが困難である。2つ目は、教習所運転で用いられるのは運転者自身が普段使用している車両ではないため、実際の事故リスクを正確に判断するには限界がある。令和3年度研究に参加した高齢者からは、「教習所の車は普段運転している車より大きく、ブレーキ操作や視野確保が難しい」「ミラーの見え方が違って、車庫入れの感覚が違う」など車両の違いが運転行動に及ぼす影響に関する意見があった。教習所車両を用いた運転能力の評価は高齢者の運転能力を標準的に評価できるという利点がある反面、個々人の実際の事故リスクを的確に評価することは難しいと考えられる。これらの研究限界を改善し、より高い予測能力を有する運転版TMTを開発するためには、公道走行中の視線探索行動分析に基づいた指標の開発が重要であり、その実現可能性について検討したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナ渦のため予定していた関連学会への参加などが中止となった。また当初予定より安価でシステム改良を行うことができた。翌年度分として請求した助成金と合わせて関連学会への参加、システムのより高度な改良に使用する予定である。
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