研究実績の概要 |
当該研究室では, アルツハイマー病 (AD) の原因因子である Aβ を内耳有毛細胞で発現する Tg マウス (Math1E- Aβ42Arc) を作製し, Aβ の神経毒性を聴力の低下としてモニターできるシステムが開発されている. このマウスは生後4ヶ月で高音刺激特異的な聴力低下を示すが, その分子機構は明らかになっていない. Math1E-Aβ42Arc の内耳有毛細胞では, 変性やシナプス数の減少は観察されないことから, このマウスの聴力低下はシナプス機能低下に起因すると予想している. 本年度は, AD と難聴に共通して働く因子である, シナプス小胞リサイクリングに重要なイノシトールリン脂質 PI(4,5)P2 の代謝および代謝型グルタミン酸受容体(mGluR)7 が Math1E- Aβ42Arc による聴覚受容の低下に関与する可能性を探った. Synj2との相互作用を観察する前段階として, mix background で予備的に聴性脳幹反応を解析した結果では, Synj2変異を持つマウス(Synj2/+)は, 高音域における聴力が低下する傾向が観察された. そこで, Math1E-Aβ42Arc のbackground で Synj2 変異を導入したところ(Math1E-Aβ42Arc ; Synj2/+), Aβによる高音域特異的な聴力低下に対する抑制傾向が一部で観察された. この解釈として, 高音域の刺激応答に対するPI(4,5)P2 の要求性について至適濃度の存在が予想される. PI(4,5)P2 の至適濃度に対してSynj2/+では高くなり, Math1E-Aβ42Arcでは逆に低くなることにより, 聴力の低下が生じていると考えられる. 今後はPLC 阻害剤を摂取させる薬理学的な手法などを用いて PI(4,5)P2 発現調節の効果を検証する必要がある.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
新型コロナウィルス感染症への対応として, 今年度前期から所属機関が確りと取り組んでいた, 新規の解析や出勤人員の制限を遵守したため, 研究計画にやや遅れが生じている. さらに, 年度後期には研究代表者の所属機関移動に伴う手続きなども重なり, 初年度実施予定のプロジェクト進行にやや遅れが生じている.
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今後の研究の推進方策 |
当該年度までの解析から, 内耳有毛細胞においてシナプス形態の縮小が観察されており, シナプス機能調節に変化が生じている可能性が示唆された. そこで, シナプス形態変化およびシナプス小胞動態変化を組織化学的に解析する. また, シナプス小胞の状態にも注目し, 脂質二重膜を可逆的に染める蛍光色素を用いて, エンドサイトーシス動態を解析する. 同時に, 生化学的アプローチにより, AD モデルマウスの内耳における PI(4,5)P2 の発現量変化と聴力低下との関係について検証する.
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