研究課題
本研究では、400年前から中国の薬学書本草項目に優れた創傷治癒剤として掲載されている天然素材である鶏卵殻膜に着目している。これまでの研究から健常成人の卵殻膜摂取で腸内細菌叢のバランス改善とともに肺機能改善がみられることを確認している。COVID-19以前より、腸内細菌叢の変化が確認されている炎症性腸疾患(IBD)患者の約半数は肺機能が低下するなど、多くの呼吸器感染症でしばしば胃腸(GI)症状や腸管機能障害を伴う双方向のコミュニケーションネットワークとしての「腸-肺軸」の存在が示唆されていた。慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者は、IBDの有病率が高く、腸管の透過性が高い。一方、健康な微生物叢は、腸内で寛容な免疫調節作用を維持し、全身性の炎症性疾患から保護する。COVID-19症例でも、腸と肺の間に同様のクロストークが生じており、治療や予防に腸内細菌叢の重要な役割も示唆されている。本年は、本研究に先行してすすめられていた肺線維症モデル(BLMマウス)への卵殻膜の効果検証実験の解剖時に、病態マウスの腸管で血管透過性が上がっていることに気づいたことから、コントロール群およびBLMマウスおよび卵殻膜を摂取させたBLM マウス(2週間で線維症スコア改善)の血清サンプルを用いて、コルチコステロン(ストレス指標)、IgG、IgM、IgA抗体量を定量した。その結果、3週間の卵殻膜摂取でBLM+卵殻膜摂取群(n=13)のIgAがコントロール群(n=12)およびBLM群(n=7)に比べて有意(p<0.01)に高値であることが判明した。IgAは主に腸管上皮細胞によって分泌され、消化管を細菌・ウイルス感染から守っている。この結果から、卵殻膜摂取による腸内環境改善機構に、ホスト細胞のIgA分泌促進が関わっている可能性が示唆された。
3: やや遅れている
COVID-19禍で、急遽実施をせまられたオンライン授業対応、緊急事態宣言下およびそれ以降も研究室活動が制限、その後も停滞を余儀なくされたことから、2020年度は新たな動物実験の実施を見送った。
近年プロテオミクス解析により、卵殻膜には400種類以上のタンパク質を含むことが知られているなかで、含有量が多く抗菌・消炎・皮膚潰瘍治癒効果を有するリゾチーム(LSZ)に着目して実験を行う。当初の研究計画にあったDSSによる潰瘍性大腸炎マウスモデルを作成し(急性および慢性)、作成と同時に卵殻膜あるいはLSZを摂取させる。予防効果検証のために、あらかじめ1週間卵殻膜またはLSZを摂取させる。治癒・予防効果は(1)糞便の有機酸分析(腸内フローラへの影響)、(2)小腸・大腸の病理組織像評価、(3)腹膜腔および腸管のM1/M2マクロファージ比率、(3)血清および腹膜腔マクロファージ由来のサイトカインを評価する。(4)当初の研究計画になかったが、京都大学複合原子力科学研究所共同利用研究「中性子照射6Li (n,α)3H反応を経由する複合天然素材鶏卵殻膜の放射標識とマウス経口摂取後の全身組織分布物質の同定」が採択されたので、2020年度末に受理された関連のパイロット研究に関する投稿論文の方法をベースに、高宮幸一博士(京大複合研)、野川博憲夫博士(東大アイソトープ)、本研究課題分担者の藤田恵理・跡見順子らとともに、次のような実験を計画している。トリチウム標識卵殻膜またはLSZを正常およびDSS炎症モデルマウスに食べさせ、腸管部位別の時間分布を比較することで、その後の早期の創傷治癒過程につながる炎症部位への被験物質の集積が明らかにできるのではないかと考えている。
COVID-19パンデミックの影響により分担金が使われなかった。次年度に動物実験にかかる消耗品に使用する予定である。
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Journal of Fiber Science and Technology
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