研究課題
生体を構成する蛋白質はすべてL-アミノ酸から成るが、蛋白質中には加齢に応じて自発的、部位特異的に異性化(D-化やβ-化)するAsp部位が存在する。異性化Asp形成は蛋白質の構造変化を引き起こすため、その蓄積は老化に伴う蛋白質の機能低下や、加齢性疾患などの発症へ繋がると考えられる。したがって、異性化Aspの定量解析手法の開発が老化分子マーカーおよび加齢分子マーカー(以下、老化分子マーカー)としての確立に必須であり、その数値を用いての「タンパク質局所の老化現象の見える化」は高齢化の進む現代社会において果たす役割は大きい。このように、本研究では、これまでに開発してきた異性化Aspの定量解析手法を用いて新しい老化分子マーカーと成り得る蛋白質分子内の老化分子マーカー用アミノ酸残基局在部位を探索している。本年度は、ヒト水晶体を主に構成するタンパク質(αA-クリスタリンおよびαB-クリスタリン)中にて加齢後に修飾されるAsp部位を含めたモデルペプチドを多数化学合成して用意し、これらを四重極型質量分析装置へと用いて、それぞれの高感度定量解析手法を作製した。実際に作製した各部における異性化Asp定量手法を各年代のヒト水晶体試料へと用いて、それぞれの内部Asp異性化を評価した。その結果、αA-クリスタリンおよびαB-クリスタリンともに、およそ60%程度の配列カバー率を達成し、その中でAsp残基に関して全Aspのうちおよそ60%程度をカバーすることに成功した。これらのうち多くに加齢に応じた異性化率の増加が見られ、「タンパク質局所の老化現象の見える化」においてAsp異性化が如何に有用であるかを示すことができた。
3: やや遅れている
加齢後の被修飾モデルペプチドを用いたメソッドの作製に複数成功した。一方で、共におよそ200のアミノ酸残機からなるαA-クリスタリンおよびαB-クリスタリン中の、ほぼ全配列のトリプシン消化物を合成し、検出手法の作製(以下、最適化と記す)に用いたが、それらの中には感度の高い手法の作成が不可能であるものも存在した。おそらく、各ペプチドの配列に準じて、四重極型質量分析装置内部のイオン化や、最適化の際の物理的開裂が生じにくいものが存在しており、これらに関しては、基本的な設定の下での最適化が困難であったと考えている。また連続したAspに関しては、従来同様に異性化しているAsp同定が不可能であった(合計での異性化率の測定は可能)。両タンパク質の全配列を現在は標的としていたため、これら一部ペプチドの最適化の遅れが進捗状況の遅れにつながっている。加えて、本期間中におけるコロナ禍に伴う、各メーカー実験消耗品およびガス、修理に際する出張制限などの研究活動の停止および遅延が重なり、全体のスケジュールを大きく変更せざるを得なかったため、研究の進行に遅れが生じている。
昨年度の経験を活かし、なるべく実験が妨げられないような研究体制を整えたと考えている。本年度も予想外のことが続くと想定し、各消耗品や装置部品に関して長期的な供給不足を見越し、年度内早い段階での整備を進める。修飾モデルペプチド→実際のタンパク質中での詳細な修飾スクリーニングおよび定量比較→実際のタンパク質中へと修飾を導入したモデルタンパク質の解析の流れで研究を進める予定ではあったが、研究進行速度の遅延を踏まえ、修飾モデルペプチドの物性を評価することで、タンパク質の性質変化を予想し、局所的な定量解析と被修飾モデルタンパク質の解析を並行して進めることも考慮している。また昨年度、非生理的な環境で迅速にAsp異性化を誘導し、高温での修飾誘導から計算科学的に体温および低温での反応速度係数を求める実験系を進めたが、標的修飾以外の修飾発生などにより不溶化などが多量に生じており、評価が困難となった。今後、長期の加温実験などに関して、ある程度nativeな環境を用意して異性化を誘導する方策をとる。
本年度に購入予定であった装置パーツ部位がコロナ禍により一時製造及び供給停止となったため。次年度に生産再開とのことであり、次年度に同装置パーツ費用として使用する。
すべて 2021
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (7件) (うち国際学会 3件、 招待講演 1件)
PLOS ONE
巻: 16 ページ: e0250277
10.1371/journal.pone.0250277