生体を構成する蛋白質中には加齢に応じて部位特異的に異性化(D-化やβ-化)するアスパラギン酸残基(Asp)が存在する。これらは生体内部Asp上で自発的に進行する化学反応の産物であり、生涯を通じ不可避であることから蛋白質中に生じる分子レベルでの老化現象であるとも言える。Aspの構造変化は、それを含む蛋白質の構造変化を引き起こすため異性化Asp蓄積は蛋白質の機能低下へと繋がり、最終的には加齢性疾患(白内障、アルツハイマー病など)の発症へ寄与することが予想できる。それゆえ、分子レベルでの老化指標となり得るAsp異性化部位特定と、定量解析手法開発は加齢性疾患の発症部位予想ならびに効果的な予防法開発に極めて有効である。 昨年度までに、ヒト水晶体組織構成蛋白質をモデルとして、その内部アミノ酸配列を有する種々のモデルペプチドを化学合成し、四重極型質量分析装置へと用いた分析により、各Asp部位の異性化率を測定する高感度定量解析手法を確立した。 本年度は、異性化以外の加齢修飾も含む蛋白質由来ペプチドまたは合成ペプチドを標品として用い、加齢後組織内部または加齢修飾誘導後のペプチド中Asp異性化率を高感度で測定するための手法開発を進めた。本手法を用い、加齢修飾誘導後の既知配列有する蛋白質を分析することで、蛋白質中でAsp異性化を生じやすいアミノ酸配列の特定に成功した。従来、Asp異性化修飾部位の同定に関しては網羅的な解析がなされていたが、今後は、当該配列にあらかじめ標的を絞った精度および感度の高い解析が可能となる。 本研究により微量な組織試料中に存在する蛋白質内部の「局所的に老化現象が進行しやすい部位」を示すことが可能となった。今後、本研究で得られた条件を採用したイメージング質量分析などにより、蛋白質中のみならず組織内での局所的な老化の可視化などが可能になると考えられる。
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