研究課題/領域番号 |
20K11672
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研究機関 | 電気通信大学 |
研究代表者 |
関 新之助 電気通信大学, 大学院情報理工学研究科, 准教授 (30624944)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 共転写性フォールディング / 折り畳みシステム / 本質的計算完全性 / 2次元チューリングマシン |
研究実績の概要 |
本研究課題は折り畳みシステムに関する3つのワークプラン(WP)から成る。折り畳みシステムはRNA鎖が鋳型DNA鎖から合成(転写)される際に、転写と並行して自分自身に折り畳まれていく現象「co-transcriptional folding(CF)」による計算の数理モデルである。CFが司る生体内の様々な情報処理が近年の研究で明らかになってきているが、この現象を工学的に応用し、様々な構造を試験管内で自己組織化させる技術「RNAオリガミ」が実用化され、ソフトウェアによる設計の高度な自動化も実現されつつある。折り畳みシステムを用いてCFの計算能力を研究することで、試験管内や生体内で自己組織化しCFにより駆動する計算機の開発が可能となる。 WP1は昨年中に完了し、成果を国際会議LATIN2020(COVIDにより会議自体が1年延期)で発表したことは昨春に報告したとおりである。2021年度にはWP2の2-2までを完了させ、その成果を国際会議STACS2022で発表した。STACSは理論計算機科学の国際会議の中でも最も上位に位置する極めて競争率の高い会議である。この研究ではCFの高等プログラミング言語として2次元チューリングマシンの亜種である計算モデル「Turedo」を提唱し、これをより下位の、つまり現実のCFに近い、言語である折り畳みシステムに変換するコンパイラを設計した。このコンパイラはTuredoのうち、現在ヘッドがあるセルに隣接するセルの状態だけを読んで振る舞いを決定する「半径1の」Turedoのみを対象とするが、半径1のTuredoはCFプログラミング言語として十分に強力である。 このコンパイラの開発に伴って開発されたいくつかの新技術は、これまでほぼ絶望的と考えられていた「本質的に計算完全な折り畳みシステムの開発(WP3)」を可能とするかもしれない非常に高い潜在性を持つ。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
WP1については2020年度中に国際会議発表まで全て完了している。 2020年夏から取り組んできたWP2は、計算モデルTuredoを用いて折り畳みシステムの点到達可能性問題を研究することを目的に3つの具体的な問題2-1, 2, 3の解決を目指すものである。半径rのTuredoは2次元チューリングマシン(TM)の一種で、ヘッドが現在置かれているセルとそこから距離r以内のセルに書かれた情報に基づいて現在のセルをどのように書き換え、どの近傍セルに移動するかを決定する。半径1のTuredoについて、(WP2-1)平面上の与えられた1点PにこのTuredoが到達するかを判定する問題の非決定性を示し、次に(WP2-2)半径1のTuredoを折り畳みシステムに変換するコンパイラを設計した。このコンパイラの開発を通して、WP1にて提唱された「CFによる計算におけるオフセットの有用性とその活用」に関する知見が更に蓄積された。オフセットは曲げなどの幾何学的な変形に対し強いことから、限られた計算領域をより有効に活用することが可能になる。Turedoの状態遷移表を折り畳んでコンパクトに格納し、オフセットに応じて必要な箇所だけを呼び出す機構などが実現した。 本課題とは直接関係ないが、昨春の報告に述べた「熱力学に基づく折り畳みモデルの拡張」についてはENS Lyonの共同研究者らとともに拡張に成功した。現行のモデルとは異なり、一度固定された高分子でもこのモデルでは確率的に再び移動することが可能となっており、より現実に即している。論文はDNA Nanotechnology 40という書籍に掲載予定。 また、これまで折り畳みシステムの研究を国際的に主導してきた実績により、論文誌Natural Computingより折り畳みシステムに関するチュートリアル論文の執筆依頼を受け、3月末に上梓した。現在査読中である。
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今後の研究の推進方策 |
当初研究計画を1年延長し、2023年度までの2年間でWP3を進める。WP2を通じて開発された様々な計算機構はWP3に対し当初は想定することも出来なかったアプローチを可能とするが、それでもWP3の最終目的である本質的計算完全な折り畳みシステム、すなわち全ての折り畳みシステムを模倣可能な1つの折り畳みシステム、の設計は極めて難しいだろう。進捗状況で報告した折り畳みシステムのチュートリアルの執筆に際して、このような折り畳みシステムの設計に必要と考えられるモジュールの洗い出しを行った。今後はこれらのモジュールを一つずつ実装していくことになる。特に、模倣対象となる折り畳みシステムをコードした0,1文字列(遺伝子)を複製するモジュールが必要不可欠なことが証明されたので、研究室の学生と共同で設計を進めている。同一のRNA鎖を用いて、入力として与えられた長さを1辺とする正六角形を複製する機構も必要と考えられるが、これについては現在研究室で正六角形のかわりに正方形を生成する折り畳みシステムの設計を進めており、そこからの知見が活用できるだろう。これらのモジュールの開発により、折り畳みシステム全体でなくとも、理論上ないし応用上重要となる部分クラスに関する本質的計算完全性の証明が可能となるのは間違いない。
9月に独Schloss Dagstuhlでセミナー「Rational Design of RNA」が開催され、ENS Lyonの我々の研究グループが招待されている。WP2の研究成果を中心に講演を行う。RNA工学の専門家との意見交換を通して、新たなモジュールのアイデアが得られるかもしれない。また5月には代表者が渡仏、11月にはENSからNicolas Schabanelを東京へ招聘して共同研究を進める予定となっている。
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次年度使用額が生じた理由 |
本来、共同研究に必要な旅費や会議への参加費としての使用を想定していた研究費であるが、コロナの影響によりそのような使途が不可能となったため。
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