研究課題/領域番号 |
20K11672
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研究機関 | 電気通信大学 |
研究代表者 |
関 新之助 電気通信大学, 大学院情報理工学研究科, 准教授 (30624944)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 分子自己組織化 / RNA共転写性フォールディング / 折り畳みシステム / 本質的計算完全性 |
研究実績の概要 |
RNA1本鎖はポリメラーゼがDNA2本鎖の情報を1文字(A, G, G, T)ずつ読み取り、A→U, C→G, G→C, T→Aという規則に則って伸長することで合成(転写)される。転写と並行して鎖は折り畳まれていくのだが、この現象をRNA co-transcriptional folding(CF)といい、生体内の様々な情報処理を司っている。折り畳み(oritatami)はCFの計算能力を調べるために提唱された数理モデルである。このモデルでは全ての計算可能関数が計算できるが、それは入力に対して正しい出力を返すというだけでその出力を如何にして得たかという示唆を何ら与えるものではない。フォールディングの過程を理解することこそCF駆動の生体内計算機構の実装には不可欠であるから、本研究課題はある折り畳みシステムの振る舞いを別の折り畳みシステムで模倣できるか、さらにはあるクラスに含まれる全ての折り畳みシステムの振る舞いを模倣する汎用折り畳みシステムの設計が可能か、という問題に解を与えることにある。 折り畳み計算の主要な駆動原理にシフトがある。転写のある段階において、転写物の一部がある環境では短く縮み、別の環境では伸びるとすると、それ以降の転写は異なった場所で起こることになる。例えば転写産物の上に書かれているテーブルを入力に応じた量だけ左右にスライドさせ特定のセルを参照する、などといったことが可能になる。折り畳みシステムの計算完全性の証明もこのテーブル参照法に依拠している。 シフトの新しい応用として、複数のシグナルを並行かつ独立して折り畳みシステムに伝送させる方法の確立がある。この並列情報伝送に重要な役割を果たすモジュール「elastic glider」を開発し、入力として与えられた任意の自然数nに対し、一辺がnの正方形へと折り畳まれる折り畳みシステムの設計に着手した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
複数の情報を並列に伝送し、かつ互いに干渉することなく交差させることが可能な折り畳みシステムとしては2018年にGearyらが設計した環状タグシステムを模倣するシステムがあるが、その主目的は折り畳みのチューリング完全性の証明にあり、その情報伝送機構は全く汎用的なものではなかった。2022年度の主要な成果として、伸縮可能グライダーという新しいモジュールを開発し、それらをブロックのように組み合わせることで、任意の自然数nを初期構造として受け取り、wn×hnの矩形構造へと折り畳まれる折り畳みシステムを開発した。ここでw, hは幅、高さのスケールを表す定数である。技術的な問題によりw = hは未達成で、これは今後の課題の一つである。 グライダーは自立性と指向性を兼ね備えた構造モチーフで、折り畳み研究の最初期から計算を実行する足場の構築など様々な用途に用いられてきた。伸縮可能グライダーはその名の通り、グライダーに伸縮性を与えることで進行方向にシフトを生成出来る。上述の矩形構造生成システムは、目的となる矩形構造の長さnの一辺を生成するのに2進数カウンタを用いているのだが、nの数え上げと並行して対角線を追跡することで構造の生成完了を検知し停止する。2つの伸縮グライダーで数え上げに必要な半加算器を挟み、左右にスライドさせることで対角線を追跡する。これらの成果は、国際会議ISAAC2022にて発表された。 定数w, hを一致させ完全な正方形を生成するには、対角線追跡の縦横比を1:1とすればよい。現行システムの縦横比は追跡を行う半加算器ユニットのそれと一致し1:16である。よって半加算器ユニットに16まで数え上げるマイクロカウンタを埋め込めばよいのだが、折り畳みカウンタの現在の実装ではこのような埋め込みは出来ない。それを可能にするシフトベースのカウンタの開発がちょうど完了したところである。
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今後の研究の推進方策 |
折り畳みにおけるシフトとその計算能力については、シフトがこれまでの折り畳み研究で果たしてきた質的、量的な貢献からも、本研究計画立案の段階において相当程度に考慮されて然るべきであったが、当時は我々計画立案者がそのポテンシャルを十分に認識していなかった。結果として本研究計画は予定とは異なる方向へ進捗することとなったが、特に2022年度の成果だけをとっても、シフトを研究してきたことで得られた様々な成果とそれらが示唆する豊かな将来性は、本来の目的である折り畳みの本質的計算完全性へのアプローチとしてもシフトこそがより有望であると確信させるに十分である。 2022年度下半期には、卒業研究の課題として、伸縮グライダーのみを用いて2進数カウンタを実装することに幣研究室の学部4年生が取り組んだ。結果は予想以上のもので、まだ経験の浅い学生でも2進数カウンタや、それを別のカウンタと協働させるために必要となるインターフェースなどの大規模システムの開発に半年というこれまでより遥かに短い期間で成功した。これは伸縮グライダーの簡潔な設計、高い計算能力とモジュール性による。 本研究計画は本来2022年度までの予定であったが、新型コロナの流行により外部共同研究や成果発表の機会に恵まれなかったため一年延長した。最終年度となる本年度は、本来の目標である本質的計算完全性にアプローチするための足場固めとして、伸縮グライダーによるモジュールプログラミングの知見をさらに蓄積することを目指し、正方形生成システムを完成させる。上述のとおり、このシステムに必要なカウンタおよびインターフェースの実装および検証は完了しているが、現行の矩形構造生成システムに組み込むにはこれらのシステムはまだ物理的に大きすぎるので、設計の最適化をまずは進める。
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次年度使用額が生じた理由 |
本計画の予算は主として共同研究および成果発表に用いる渡航費に重点的に配分されている。新型コロナによりこれらの機会が奪われてしまい、特に最初の2年間は予算を執行する機会がほとんどゼロであった。これが次年度使用額がプラスになった理由である。本年度はENS Lyonに共同研究者のNicolas Schabanelを2回訪問する。本研究分野に最も関連のある国際会議DNA(International Conference on DNA Computing and Molecular Programming)が今年は東北大学で開催されるので、本研究の中間報告も兼ねて学生と一緒に参加する予定であり、その費用にも充てる。本研究の最新の成果である伸縮グライダーを用いたモジュラープログラミングおよびそれにより開発された初のシステムである2進数カウンタについてまとめた論文を、12月に京都大学で開催される国際会議ISAAC2023に投稿予定である。査読の結果受理されれば、共著の学生とともに参加する。その際の費用も本予算より支出する。共同研究者のNicolas Schabanelが例年通り、今秋も共同研究のために来日予定であるが、必要に応じてその際の費用の一部をホストとして負担する。
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