研究課題/領域番号 |
20K11849
|
研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
新納 和樹 京都大学, 情報学研究科, 助教 (10728182)
|
研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
|
キーワード | space-time法 / 境界要素法 / 波動方程式 / 櫻井杉浦法 |
研究実績の概要 |
本年度は一次元波動方程式に対するspace-time境界要素法の安定性を数値的に解析する手法について研究を行った.波動方程式などの時間域で定義される問題を数値的に解く際には,その安定性を考慮することが重要である.波動方程式に対する境界要素法では最も素朴な一重層ポテンシャルを用いた定式化が不安定になり,一重層ポテンシャルの時間微分を計算することで数値解を安定に求められることが知られている.一方でspace-time法が得意とする領域変形を伴う問題に関しては安定性の研究がほとんど行われておらず,また領域の変形によって領域境界上で一重層ポテンシャルの時間微分を定義することができない.我々のグループで一重層ポテンシャルの時空間における接線微分を用いることで数値解が安定に得られることを実験的に確認したが,理論的な解析などは行われていなかった.そこで我々のグループで開発した安定性の問題を数値的に解析する手法を,領域変形を伴う一次元波動方程式に対するspace-time境界要素法に適用した.この手法は積分方程式の安定性が対応する非線形固有値問題の固有値の虚部の符号によって判別できることを利用し,その固有値を櫻井杉浦法などの非線形固有値解析法によって求めることで安定性を解析するものである.この手法を領域変形を伴う一次元波動方程式に対するspace-time境界要素法に適用した.一次元波動方程式では非線形固有値の値が解析的に求まるため,本手法で得られた数値解と比較し,開発した数値解法が妥当な解を求めていることを確認した.
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の研究計画では既に完成している1次元波動方程式に対するspace-time境界要素法を2次元波動方程式へ拡張する予定であったが,実際には1次元波動方程式に対するspace-time境界要素法の安定性解析を行った.これは時間域の問題に対する数値解法の開発にあたり,その安定性を解析することは非常に重要なためである.また領域の変形を伴う問題においては安定性の理論的な解析が難しく,また上記の数値的な解析も,従来の領域変形の無い問題に対する解析と比較して,領域変形によって定式化に大きな変更が必要であったため,定式化が比較的容易な1次元波動方程式において数値的な安定性解析の研究を行った.実際,領域変形が無い場合に存在した極限が,領域変形を考慮することで存在しなくなるなどいくつかの困難に直面したが,定式化を工夫することで領域変形を伴う1次元波動方程式に対するspace-time境界要素法の安定性解析を定式化できた.本年度に開発した手法は,定式化や実装が幾分複雑になるものの,同じアイデアを用いて2次元や3次元の領域変形を伴う問題にも適用できると考えられる. 本年度は当初の計画である2次元のspace-time境界要素法の開発自体は行えなかったが,安定性の解析は時間域の数値解法の基礎的研究として非常に重要であり,また実際この研究を通して,高次元のspace-time境界要素法の開発に役立つ知見も得られた.以上より,本研究の進捗を「おおむね順調に進展している」とした.
|
今後の研究の推進方策 |
今後は,まず当初の研究計画に沿った2次元波動方程式に対するspace-time境界要素法の開発を行う.また本年度の研究を活かし,2次元波動方程式においても安定性解析を行う.1次元波動方程式の安定性解析においては,安定性を考えるための基準となる時刻から決まる境界上の点における層ポテンシャルの値を計算する必要があったが,2次元波動方程式では,これが基準となる点からのライトコーンと変形する領域が交わる部分における積分に置き換わると考えられる.このため実装がやや複雑になるが,1次元波動方程式で行った安定性解析と同様の方法が適用可能であると考えられる. また当初の研究計画にあるCalderonの前処理の開発も行う.Calderonの前処理は境界要素法で得られた積分方程式を離散化し,これを反復法で解く際に反復回数を削減することで計算を高速化する手法である.特に本年度行った安定性解析では,安定性の問題を対応する固有値問題に帰着し,非線形固有値解法の一つである櫻井杉浦法などを用いて固有値を求めるが,櫻井杉浦法では様々な複素周波数に対する複数の積分方程式を解く必要があるため,Calderonの前処理の開発はspace-time境界要素法そのものの高速化だけでなく,安定性解析の高速化にも寄与すると考えられる.
|
次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルスの影響により参加予定の国内・国際会議が全て中止またはオンライン開催となったため,当初予定していた旅費と発表用のノートパソコンなどの経費が必要なくなった.また当初は2次元問題に取り組む計画であったため,計算資源購入のための予算を計上していたが,実際にはあまり計算資源の必要が無い1次元問題を主に取り扱ったため,この点においても必要経費が当初の予定よりも少なかった. 次年度は2次元問題を扱う予定であるため,計算資源の購入のために繰越金を用いる予定である.また国内会議や国際会議が開催された場合にはその旅費にも充てる予定である.
|