研究課題/領域番号 |
20K11974
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研究機関 | 九州工業大学 |
研究代表者 |
立野 勝巳 九州工業大学, 大学院生命体工学研究科, 准教授 (00346868)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | スパイキングニューラルネットワーク / 内側側頭葉 / 前頭前野 / 空間探索課題 |
研究実績の概要 |
本プロジェクトでは、内側側頭葉モデルと前頭前野モデルを結合し、object-in-place associationタスクやnovel object preferenceタスクといった空間探索を学習するスパイキングニューラルネットワークを提案する。現時点の内側側頭葉モデルは、嗅内皮質と海馬から構成されており、これらの領域で見られる細胞として、頭方位細胞、速度細胞、格子細胞、場所細胞、境界ベクトル細胞を含む。頭方位と速度の情報を格子細胞に通すことで場所細胞が形成される。このように場所細胞を形成すると、自己中心の座標系による場所表現になる。そこで、部屋の壁からの距離情報から境界ベクトル細胞を作成し、境界ベクトル細胞から場所細胞を形成する仕組みを取り入れた。実際に移動ロボットを操作し、頭方位情報と壁からの距離を入力とすることで、境界ベクトル細胞を形成した。境界ベクトル細胞から場所細胞を形成した場合と格子細胞から場所細胞を形成した場合を比較すると、境界ベクトル細胞から場所細胞を形成したほうが、安定した場所受容野を形成することを確認した。ロボットを用いる場合、特に頭方位や移動速度に誤差を含みやすいことが原因と考えられる。 内側側頭葉モデルの海馬神経細胞間は、スパースなシナプス結合で相互に結合され、スパイクタイミング依存可塑性により学習を行う機構を有している。加えて、Eligibility traceを有するドーパミン依存シナプス可塑性を取り入れており、報酬信号をトリガとして、ドーパミン濃度が上昇し、関連する場所細胞間の結合が増強される。探索タスクシミュレーションにおいて、ゴールに達すると、ドーパミン濃度が高まると設定することにより、スタートからゴールまでの経路に関与した場所細胞間のシナプス結合が増強され、探索タスク後に、休憩を想定したシミュレーション時にリプレイが生じることを確認した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
現在までに嗅内皮質と海馬のスパイキングニューラルネットワークを作成し、海馬細胞間にドーパミン依存シナプス可塑性を導入することで、モリスの水迷路課題を模した空間探索シミュレーションができるような状態である。新規オブジェクト探索課題を実施する前に、より単純な空間探索課題として、スタートからゴールを探索するモリス水迷路課題を設けた。課題を繰り返し実行することで、ゴールまでの到達時間が減少するような学習が成立している。課題実行後に休息を模したシミュレーションをすると、場所細胞の神経活動のリプレイが起こることも確認している。リプレイが学習に及ぼす影響については、さらに検討が必要である。新規オブジェクト探索課題のシミュレーションには至っていない。 新規オブジェクト探索課題を進めるため、場所細胞の形成について改善を行っている状況である。移動ロボットの向きと壁からの距離の情報から境界ベクトル細胞を形成し、境界ベクトル細胞から場所細胞を形成する仕組みを導入した。自由探索行動シミュレーションを行い、安定した場所受容野が形成されることを確認した。また、実際の移動ロボットと組み合わせて、同様のシミュレーションを行った。移動ロボットを実空間内で動作させた場合、ロボットの動作がシミュレーションほど滑らかではないが、境界ベクトル細胞から形成した場所細胞の場所受容野は、格子細胞から形成した場所細胞より、安定した場所受容野を形成することを確認した。今後、格子細胞と境界ベクトル細胞を用いる両方の方法を統合して場所細胞を形成することを検討する。 計算機環境の面では、Graphic Processing Unit搭載の並列計算機の設置し、cudaを用いた並列計算ができる環境を整え、提案するスパイキングニューラルネットワークの規模であれば、実時間シミュレーションができる状況である。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究を推進するため、脳科学的知見を基盤にし、内側側頭葉―前頭前野モデルを作成し、いくつかの空間探索タスクを用いて、妥当性を検証するという方策をとる予定である。まず、内側側頭葉モデルにおいて、自己位置の表現のロバスト性を向上させる。現在の海馬ネットワークにおいても場所細胞の形成は可能だが、格子細胞から場所細胞を形成する方法と、境界ベクトル細胞から場所細胞を形成する方法を独立して構成しているため、これらを統合して場所細胞を形成することを計画している。両方の方法を用いることで、移動ロボットの位置情報の誤差に対してロバストで、かつ環境に応じた認知地図の作成が期待できる。 モリスの水迷路課題において、学習後に海馬ネットネットワークにリプレイが生じることを確認したので、今後学習に対するリプレイの寄与について評価を進める。リプレイはリップル波と関連して生じている。W迷路課題を用いた交替迷路課題を用いて、海馬―前頭前野ネットワークにおけるリップル波の発生と、それらが学習に寄与することが報告されている。そこで、新規オブジェクト探索課題の前に、交替迷路課題を用いて、海馬―前頭前野モデルのリップル波の学習への寄与を評価し、提案モデルの妥当性を検証する。 新規オブジェクト探索課題を実施するために、オブジェクトが新規であることを認識するネットワークとして、嗅周皮質ネットワークの作成に取り組む。また、認識したオブジェクトを場所細胞と関連させて認識することが可能となるようにネットワークの機能を拡張する。これによって、オブジェクトの場所を認識できるようにする。同時に、嗅周皮質モデルへのセンサ入力とするために、移動ロボットにカメラを搭載し、簡単な画像処理機能を付加する予定である。ほかにも、距離センサと地磁気センサなどを搭載し、境界ベクトル細胞のセンサ入力として、提案ネットワークに接続できるようにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
主に旅費と謝金として計上していた経費において、次年度使用額が生じた。旅費については、情報収集目的で学会に参加するための旅費を計上していたが、新型コロナウイルスの影響により、予定していた学会がオンライン開催となり、旅費を使う機会がなかったため、次年度使用額が生じた。また、謝金については、学生に作業を依頼することを念頭に予算を計上していたが、入構制限などで登校機会が限られ、謝金を払っての作業依頼がしにくかったためである。 次年度使用額の使用計画は、年度後半に出張ができるようになることを期待して、学会参加のための旅費として計上する。また、ロボットを用いた実験の作業依頼を計画しており、次年度の経費と合わせて、謝金としても活用する予定である。
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