研究課題/領域番号 |
20K12007
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研究機関 | 千葉大学 |
研究代表者 |
大川 一也 千葉大学, 大学院工学研究院, 准教授 (50344966)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 単眼 / 経路積算 / ナビゲーション / 偏光コンパス / 社会性昆虫 |
研究実績の概要 |
サハラ砂漠で生息するCataglyphisという蟻やミツバチは,右に左に彷徨いながら餌を探すものの,餌を見つけると直線的な経路で巣に向かうことから,何らかの位置推定をしていると考えられている.これについては諸説あるが,生物学者の考えている有力な説は,連続した細かい移動の軌跡を足していく「経路積算」である.「経路積算」を実現するためには,「距離」と「方向」の情報を統合し,連続した細かい移動の軌跡を足していく必要があるが,その統合方法については生物学者からの仮説は見つからず,未だ謎となっている.本研究では,生物学者の仮説どおりCataglyphisやミツバチが「経路積算」をしているのかについて,ロボット工学の視点から検証し,この問いを明らかにすることを目的の一つとしている. 初年度では,主に昆虫を模倣したセンサシステムの構築と車輪型ロボットへの実装を行った.「距離」については,Cataglyphisが歩数で計測しているという仮説に相当するホイールオドメトリを採用した.一方,「方向」に関しては,昆虫に普遍的にみられる偏光コンパス説に基づく手法を最初に検討した.本研究室では,すでに昆虫の複眼を模倣した偏光センサを開発しているが,ある程度の精度を求めるには上空に青空が見える必要があるなど,問題が生じていた.そこで,蟻や蜂の頭部に三つある単眼に着目し,光の明るさから太陽の方向を検出する新しいセンサの開発を行った.具体的には,蜂の単眼を模倣し,傾斜角15°の円錐模型を作成し,その斜面の同円周上に120°間隔で3つの紫外線センサを配置した.また,このセンサを車輪型ロボットに搭載し,太陽の見え方を維持させる制御を行うことで,直進させることができることを確認した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究室では,すでに昆虫の複眼を模倣した偏光センサを開発してあるが,ある程度の精度を求めるには上空に青空が見える必要があるなどの条件があり,実験する上でも問題が生じていた.そこで蟻や蜂の頭部に三つある単眼に着目し,光の明るさから太陽の方向を検出する新しいセンサの開発を行った.この手法は,三つのセンサが検出する光の強さを比較するという単純な手法であり,晴天でなくても適用できる利点があるものの,偏光センサと異なり,角度は参考程度にしか分からないという欠点もある.しかし,「この向きで進もう」と決めた瞬間のセンサの値を記憶しておき,常にその値になるように制御することで目標となる向きに高精度に修正でき,これでも十分に研究できると考えた. 今回開発したセンサの有効性を示すために,対向二輪型のロボットに実装し,実験を行った.実験では,目標となる方向から90°向きを変えても,単眼を模倣した三つのセンサ値に基づいて向きを制御し,結果として目標の方向に向きを修正できることを確認した.また,建物などの影に入ると三つのセンサ値が全体的に低くなることから,それを検知した場合は,単眼を模倣したセンサは信用ならないとして,ホイールオドメトリなどの別のセンサに切り替えることで走行できることも確認した.さらに,太陽が沈み周囲が暗くなった夜の時間に,街灯を想定したランプを1つ設置しておくと,光の見え方を維持するように制御するだけで,まるで昆虫がランプを中心とした円を描きながら飛ぶように,ロボットも円を描きながら走行できることも確認した. 生物の多くは,一種類の感覚器官からの情報に頼るのではなく,複数異種の感覚器官から総合的に判断することによって,大きな判断ミスをしないと言われている.今回開発したセンサは,偏光センサとは性質が異なり,これらと融合することは有益である.
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今後の研究の推進方策 |
初年度に開発したセンサで得られたデータを深層学習に組み込み,生物学者が考えている「経路積算」ができるのか検証する.具体的には,音声認識や翻訳などで成果を挙げている深層学習の一つである LSTM(Long Short-Term Memory)を適用する.LSTMは,時系列情報を扱えるEnd-to-Endモデル学習であり,「方向」と「距離」を統合しながら「経路積算」できる可能性があると考えた.このネットワーク構造は比較的シンプルであるため,昆虫でも実現できる可能性があるというのも採用する理由の一つである.なお,初年度に開発したセンサは,参考程度にしか角度は分からないため,それが原因で上手くいかない可能性もある.このため,上手くいかない場合には,ジャイロセンサを併用することも検討している. その一方で,私たち人間は,「距離」は曖昧であっても,「方向」がある程度分かっているならば帰宅できることが多い.具体的にいえば,単に「自宅はこの方向」といった情報だけでも自宅の近くまで行くことができ,そのうち普段から見慣れた景色となり,最終的に帰宅することができる.「見慣れた景色」を昆虫が理解することは難しいかも知れないが,巣の近くではフェロモンや仲間の匂いなどが強いことが考えられ,結果として同様に巣に戻ることができる可能性がある.このように,実は「経路積算」よりももっとシンプルな「方向+α」の情報だけで良いのかも知れない.こういった新しい仮説の検討も同時に進めていく予定である.
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が5,965円の繰り越しとなったが,この金額は全体の0.38%であり,ほぼ当初の予算通りと言える.無理に使い切るよりも,次年度に繰り越し,実験装置の改良のために有意義に使いたいと考えている.
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