本研究課題は、放射線によるDNA損傷に誘起されるクロマチンの構造変化を二次構造分布を反映する放射光円二色性分光により観測することを主目的としていた。しかし、コロナ禍における実験制限の影響などもあり、放射線以外のストレス源に対する細胞応答に関する研究も並行して行うこととした。具体的には、ヒトがん細胞への熱ストレスがクロマチンの構成要素であるヒストンタンパク質H2A-H2Bの構造に与える影響について放射光円二色性分光測定により調査した。その結果、45℃あるいは60℃で加熱された細胞から抽出したH2A-H2Bの二次構造分布が、非加熱細胞由来のH2A-H2Bとも直接加熱されたH2A-H2Bとも異なっていることを明らかにした。このことは、通常の熱変性とは異なる構造変化が被加熱細胞の中で生じていることを示している。また、細胞を加熱した2時間後にH2A-H2Bを抽出した場合には、45℃では非加熱細胞由来の二次構造分布と誤差範囲で一致したのに対し、60℃では加熱直後と変わらない二次構造分布であった。コメットアッセイにより加熱によって生じるDNA損傷量を調べたところ、上記の二次構造分布と同様の変化を示したことから、細胞がDNA損傷に応答してヒストンの構造を変化させる機構を有している可能性があると結論した。 ヒストンタンパク質H2A-H2Bに関する成果は、Chirality誌に既に原著論文として報告した。また、国際および国内学会で成果発表を行った。
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