本年度は,コロナ禍のために遅れていた三つの補足調査を行い,速報値にもとづき,調査地への研修成果の還元と「人間の安全保障」の観点からの「新しい貧困」と農業開発についての議論をまとめた。 3つの補足調査とは,①有機の島を目指していたネグロス島東ネグロス州における白色とうもろこしへの除草剤耐性GM種の汚染の実態,②中部ルソン地方ヌエバ・エシハ州の米作農村におけるF1種の普及による有機農業の停滞,③マニラ首都圏マラボン市における非感染性疾患(Non-Communicable Diseases:NCDs)の現状である。①と②は農村部における現状の把握であるが,前者では,ネグロス島では条例によって禁止されているはずのGM種が農民ネットワーク間で普及しているのに対して,後者ではF1種はコロナ禍の下での援助物資としての政策介入によるものである。前者の白色とうもろこしは食用であり,フィリピン全国レベルにおいてさえ,その商業栽培は禁止されており,この事実は極めて深刻な問題を提起している。今後の成果発表においては,この対照的な状況がアグリビジネスによって戦略的に実現されている可能性について検討を深める予定である。③については,フィリピン人医師との共同によるものであり,コロナ禍においてもNCDsが急速に拡がっている実態を確認することができた。 これらの補足調査に基づき,調査対象の都市貧困地区の住民を集め,フィリピン人医師とともに成果について公開し,「食」の重要性についての情報を共有した。 最後に,これらの成果の一部については,来年度に公刊される『人間の安全保障』において,「農業開発を再考する」として発表される予定である。
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