研究課題/領域番号 |
20K12332
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研究機関 | 立教大学 |
研究代表者 |
長 有紀枝 立教大学, 21世紀社会デザイン研究科, 教授 (10552432)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | スレブレニツァ / ジェノサイド / 旧ユーゴスラヴィア国際刑事裁判所(ICTY) / ボスニア・ヘルツェゴヴィナ / 分断 / 表象不可能性 / 残余メカニズム |
研究実績の概要 |
2020年度に続き、コロナ禍により予定していたボスニアへの調査出張が叶わず、文献研究や資料収集、オンラインによるインタビューに切り替えて以下の3領域の研究を行った。 1)文献研究では、貴重な一次資料であるカメニッツァ市民による手記『地獄の包囲下のカメニッツァ(KAMENICA U PAKLU OPSADE, Tuzla 2017)』(ボスニア語全375頁)の邦訳作業を実施した。カメニッツァはスレブレニツァ事件の遺体の2次埋設地が十数カ所にわたって点在する特殊な土地で、本書は同地出身のムハメド・オメロヴィチ氏が1992年の紛争開始から、93年のカメニッツァの陥落まで、加えて紛争終結後の集団埋設地の発見に至る様子を描いた作。300部の限定出版で、本科研の先行科研での現地訪問の折、カメニッツァの役場職員から寄贈された文献である。 2)旧ユーゴ国際刑事裁判所(ICTY)の後継機関「旧ユーゴスラヴィアおよびルワンダ国際刑事裁判所残余メカニズム(IRMCT)」のムラディチ被告の確定判決の言い渡し(2021年6月8日、スレブレニツァ事件のジェノサイド罪等で終身刑確定)に際し、この判決に対するボスニア、セルビア、クロアチア3カ国の現地語の新聞・インターネット等の記事を収集、英語への翻訳作業を実施の上、比較検討を行った。 3)研究代表者が委員を務めた、ボスニアのスルプスカ共和国(RS)政府主導の国際専門家委員会による、スレブレニツァ事件に関する報告書の公開(2021年7月22日)に関して、ボスニア、セルビア、クロアチア3カ国の現地語の新聞・インターネット等の記事を収集、現地の言説や反応について分析を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2020年度に続き、コロナ禍により予定していたボスニアへの調査出張が叶わなかったが、その分を文献研究や資料収集、オンラインによるインタビューに切り替えて研究を実施した。 スレブレニツァ事件を題材にし、アカデミー賞外国映画賞にノミネートされるなど反響を呼んだヤスミラ・ジュバニッチ監督作品『アイダよ、何処へ?』の日本公開(2021年9月)に先立ち、同映画の監修を務めたバルカン研究の柴宜弘東京大学名誉教授を迎えて、現地と結ぶオンラインのシンポジウムを企画していたが、同教授の急逝により叶わなかった。その代わりに、ユーゴスラヴィアに関する研究会にて、同作のスレブレニツァ事件の切り取り方(描いたもの、描かなかったもの)、現地での映画評、映画製作の背景(ドナーなど)、同時期に公開されたセルビア制作の第2次世界大戦期の強制収容所の様子を描いた「Dara of Jasenovac」との対比、スレブレニツァ事件の表象可能性と不可能性、バルカンおよび日本における事件の記憶のされ方と平和構築との関係、そもそもボスニア紛争をどのように捉え、記憶するのかといった課題に対し考察、発表を行った。 また人口の約半数が国外に暮らす、世界有数の移民排出国ボスニアにあって、スレブレニツァ事件の記憶の醸成や分断・和解に、ディアスポラ団体の活動やその言説が大きな影響を与えている実態について、カナダやオーストラリア、イギリス、ドイツのディアスポラ団体について比較検討を行い、研究会で発表した。 以上により区分「(2)おおむね順調に進展している。」を選択した。
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今後の研究の推進方策 |
2021年度に翻訳作業を行った『地獄のカメニッツァ』はムスリムの側から書かれた回想録である。セルビア人側にとっての戦犯であるボスニア政府軍のスレブレニツァの司令官ナセル・オリッチが英雄として称えられるさまが描かれ、またセルビア人側から、ムスリムの戦争犯罪の舞台として認識され、追悼記念碑も建てられている「グロジャンスコ・ブルドの戦い」が、ボスニア軍の勝利として描写されている。こうした象徴的な事件や人物について、ボシュニャク・セルビア人双方の史料や証言と対比させて検討し、スレブレニツァ事件に至る過程のより立体的な把握につとめるとともに、和解や平和構築に及ぼす影響について考察する。 また、スレブレニツァ委員会の報告書の発表と時を同じくして、2021年7月、退任まぎわのバレンティン・インツコボスニア・ヘルツェゴヴィナ和平履行評議会上級代表兼EU特別代表が、ボン・パワー(立法・行政権限を含む広範な権限)を2012年以来9年ぶりに行使、ジェノサイドの事実否定の禁止および戦争犯罪人の礼賛禁止などを含むボスニア・ヘルツェゴヴィナ刑事法の改正を決定した。同国内では、この決定を歓迎するボシュニャク系各党と、これを批判するセルビア系与野党で立場は二分されている。これらの動きの進展や余波について引き続き検討していく。 令和4年度は最終年度にあたることから、これらの研究を通じて、本研究が目的とした紛争やジェノサイドとされる事件後の分断社会の和解と共生に関する理論構築を試みるとともに、成果報告のための公開講演会を実施する。
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次年度使用額が生じた理由 |
予定していたボスニア出張ができなかったために、一部資金が繰り越しとなった。次年度は最終年度であることから、成果を報告する公開講演会の開催費として使用する予定である。
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備考 |
科研基盤B「旧ユーゴスラヴィア地域における民族を超えた文化の学際的研究:紛争後 30 年を経て」の第4回研究会( 2021年11月13日)に、「映画『アイダよ、何処へ?』とスレブレニツァの記憶」と題した研究発表を行った。 『アイダよ、何処へ?』トークイベント付き上映会(西南学院大学後援、9月26日福岡KBCシネマ)にて、スレブレニツァ事件の背景、映画と史実の関係などについて講演を実施した。
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