研究課題/領域番号 |
20K12479
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研究機関 | 九州女子大学 |
研究代表者 |
荻原 桂子 九州女子大学, 人間科学部, 教授 (80299403)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | ジェンダー / 『女声』 / 田村俊子 / 関露 / 言語行為 / 戦時上海 / 『大陸新報』 / 日中文化交流 |
研究実績の概要 |
田村俊子(1884~1945)は1938年に中国に渡り、1942年5月15日に中国語雑誌『女声』を主宰創刊した。俊子客死後の1945年7月15日まで発行された『女声』の言語空間には、多くの日本人作家および中国人作家が組み込まれていた。 戦時上海における『女声』をめぐる言語空間を、ジェンダー・システムの可変性を通して解明するために、日中の文献資料を中心に研究を進めた。『女声』は、大平出版印刷公司の編集室をかり、陸軍報道部の配慮で用紙などを融通されて発行することになる。俊子自身は中国服を身につけ、中国名の左俊芝として中国文化に根ざした、中国人女性のための月刊誌を発行するが、外国語である中国語雑誌という性質から、関露という中国人女性のスタッフと二人三脚で編集作業を進めることになる。俊子の中国人および中国文化に対する愛情は、『女声』という中国語雑誌の隅々まで浸透している。戦時上海で中国人女性のために日本人女性が取り組んだ女性表象をめぐる言語行為の意味は深い。 『女声』をめぐる言語空間に引きつけられた日中のさまざまな表現者の言語行為の実体がそこには実在することを、「田村俊子と中国語雑誌『女声』」(九州女子大学紀要第57巻2号pp149~154)にて発表した(2021年3月)。 また、中国人女性作家張愛玲は太平洋戦争勃発のため、香港陥落後の1942年、上海に戻り旺盛な文学活動を展開する。同時期に上海で発行されたていた邦字紙『大陸新報』には俊子と久保田万次郎の対談が掲載され、張愛玲の作品「燼余録」が、日本人室伏クララの翻訳で掲載されている。緊迫した国際情勢を背景に展開した言語行為をさぐり、戦時上海における『女声』をめぐる言語空間を田村俊子と中国語雑誌『女声』をめぐる言語行為を軸として、国内および中国の文献資料を収集し、翻訳も含めて読み解き研究を進めた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
中国語雑誌『女声』(1942年5月15日~1945年7月15日)をめぐる言語空間全体の文献資料一覧を作成し、上海図書館でマイクロフィルム資料を実地調査する予定であったが、海外渡航が不可能になり上海図書館所蔵『女声』の実地調査が困難になったことから、文献資料の解読および分析を実施した。 『田村俊子全集』(ゆまに書房)を中心に読解し、おもに第9巻に所収されている昭和11年~昭和19年の俊子の多岐にわたる著作を研究した。 また『新聞で見る戦時上海の文化総覧-「文芸文化記事細目』(ゆまに書房)を解読し、戦時上海の言語空間について調査研究した。 上海での実地調査が困難な情況のなかで、中国大学機関(上海師範大学天華学院)からの電子資料の取り寄せや国内で収集できる中国関連資料を中心に戦時上海に関する研究を、文献調査を中心に研究を進め、「田村俊子と中国語雑誌『女声』」(九州女子大学紀要第57巻2号)を発表した(2021年3月)。 先行文献資料や中国からの文献資料を収集し、緊迫した国際情勢を背景に展開した戦時上海の言語空間から日中の文学を中心とした作家たちが言語の障壁を超えて交流した現場をさぐり、俊子主宰の中国語雑誌『女声』が果たした言語行為を読み解くことができた。俊子の主宰する中国語雑誌 『女声』には、戦時上海の国際的な混乱のなかで、日中の言語を超えた日本人と中国人の交流があり、不思議な吸引力が働いていたことが解明された。 田村俊子の持つ真の国際性とは、ジェンダー・システムの可変性と深くかかわり幾多の奇跡を巻き起こしたことにある。日本で若いときから「女作者」として一世を風靡した田村俊子はさまざまな人生経験と海外でのフェミニズム活動をとおした実地での研鑽をつみ、晩年には『女声』という中国語雑誌を主宰することで、世界に通用する国際人になったといえることを明らかにした。
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今後の研究の推進方策 |
戦時上海には日本人が10万人居留し、邦字紙『大陸新報』(1939年1月1日~1945年9月10日)が刊行されていた。『大陸新報』とは対日協力政権であった中華民国維新政府下にあった上海で大陸新報社から刊行された日刊新聞で、1940年3月末に成立した汪精衛政権下で継続され、終戦後まで続いたものである。当時の日中両国文化の交流状況を考えるとき華中を中心とした日本軍占領下の中国の政治、経済、戦況、時事、さらには文学・文化・芸術の動向、社会事情などを知る上では二次資料として重要である。1943年2月に『上海毎日新聞』も併合され、『大陸新報』は「中支唯一の国策新聞」となった。 今後の研究として、『大陸新報』も視野に入れた戦時上海の国際情勢を背景に研究する。『女声』掲載の陳緑尼訳の宮沢賢治「注文の多い料理店」、豊島与志雄「銀の笛と金の毛皮」「うどんと石」「太一の靴は世界一」「象のワンヤン」、武者小路実篤「愛と死」、火野葦平「怪談宋公館」について、日本語が中国語に翻訳される文化的フィルターという視点から研究を進める。 日中文化交流における戦時上海というポイントは重要である。それは、日本近現代文学の分岐点にもなっている。現在、世界中から支持を受けている村上春樹も、ノモンハン事件を『ねじまき鳥クロニクル』に取り込んでいる。80年まえに田村俊子が取り組んだジェンダー・システムの可変性は、現在に至るまで世界中で問題視されている。 世界経済フォーラムが2006年より公表しているジェンダー・ギャップ指数には、2021年度は156の主要国と重要国のデータが含まれている。俊子の国際性は1世紀たっても、際立っていることがわかる。 今後の研究の推進方策として、人間の意識の改革には言語の刷り込みからくる偏見を解く言語行為が有効であることを、田村俊子主宰『女声』をめぐる言語空間から解明する。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナ感染拡大のため海外渡航が困難になったため、2020年計上していた海外出張旅費が未執行となった。2021年度も上海図書館での実地調査が難しい場合は、上海師範大学天華学院の関係者に要請して、文献複写等の協力を依頼する。また、中国語雑誌の解読のための翻訳機能のソフト等の研究への導入も検討している。 学際研究の実践として、社会科学からの中国語雑誌『女声』研究や日中文化交流からの研究等も加え、国内でできる最大限の研究を推進し、「戦時上海における『女声』をめぐる言語空間」をジェンダー・システムの可変性から研究する。 世界経済フォーラムが2006年より公表しているジェンダー・ギャップ指数には、2021年度は156の主要国と重要国のデータが含まれている。俊子が主宰した中国語雑誌『女声』の言語行為がもつ国際性は現在でも際立っていることがわかることから、国際的な研究を重点的に進める。 今後の研究の推進方策として、人間の意識の改革には言語の刷り込みからくる偏見を解く言語行為が有効であることを、戦時上海における田村俊子主宰『女声』をめぐる言語空間から解明するために、国内だけにとどまらず、中国を中心とした東アジア全体を視野に入れた文献資料の収集に費やし、データベースを作成し、その研究成果を日本近代文学会や昭和文学会で発表し、国内外の学会誌に投稿および発表する。
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