研究課題/領域番号 |
20K12479
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研究機関 | 岡山理科大学 |
研究代表者 |
荻原 桂子 岡山理科大学, 教育学部, 教授 (80299403)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 戦時上海 / 田村俊子と関露 / 陶晶孫と草野心平 / 火野葦平と阿部知二 / 武田泰淳と堀田善衞 / 室伏クララと張愛玲 / 陳綠尼 / 陶荻崖 |
研究実績の概要 |
ジェンダーという概念は文学・文化研究の中に組み込まれ、ジェンダー以外のさまざまな差異との関係性をふまえたジェンダーが複合的に機能する様態がとらえられている。女性作家の〈女性〉という記号も文化的なカテゴリーとして文学表現で機能してきた。田村俊子は1938年に中国に渡り、1942年5月15日には中国語雑誌『女声』を上海で主宰創刊した。『女声』をめぐる言語空間の総合的研究に取り組んでいるが、2021年には「田村俊子と中国語雑誌『女声』」(『九州女子大学紀要』第57巻2号)を論文発表し、2022年には「田村俊子と戦時上海―「中支で観た部分(警備、治安、文化)を中心に―」(『岡山理科大学紀要』第57号B)を論文発表した。さらに、戦時上海における言語空間の総合的研究として、2023年には「武田泰淳「聖女侠女」論―戦時上海のプリズム―」(『岡山理科大学紀要』第59号B)を論文発表した。1942年11月には「第一回大東亜文学者会議」が東京で開催されることになり、草野心平は中華民国代表として来日した。東洋の民族が一致団結して大東亜戦争を勝ち抜くための大東亜精神の樹立およびその強化普及が大会の目的であり、理想を高く掲げたこの大会は表向きは大成功であった。第二回大会は1943年8月東京で、第三回大会は1944年11月南京で開催された。第四回は新京に内定していたが、日本の敗戦が報じられ、草野は家族とともに南京日僑集中営に収容された。上海で発行された邦字紙『大陸新報』における張愛玲作品の室伏クララの日本語訳による言語行為と俊子が発行した中国語雑誌『女声』における陳綠尼や陶荻崖の中国語訳による言語行為とを比較し、ジェンダーの視点から日中戦争下の文学的女性表象について言語行為という視点から解き明かした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
感染症拡大防止のため上海図書館への実地調査が困難になったが、外地文学のデータベースや国立国会図書館のサービスによって資料を収集することができた。現在までに、外地文学に焦点をあてた研究として、陶晶孫、張愛玲を加えた『女声』周辺の作家にも考察を加えている。また、『女声』の編集者関露の他に、日本文学の翻訳者として陳綠尼、陶荻崖、柳雨声についても中国側の視点や歴史社会学などの学際的な研究を実施した。さらに、武田泰淳について研究をすすめた。武田泰淳は、最初日中戦争が起こった1937年、徴兵で中国に派遣されたが、1944年には上海に渡り中日文化協会に就職し、その出版機関である東方編訳館で日本語書籍の中国語訳をした。戦後、1946年、引き揚げ船で帰国し、人間存在を圧殺するものの正体に挑む作家の精神は、日本的カオスの根源へと向かうことになることを解明した。『審判』で婚約者である鈴子に、己の殺人を告白した青年は「今までにない明確な罪の自覚が生まれているのに気づきました。罪の自覚、たえずこびりつく罪の自覚だけが私の救いなのだとさえ思いはじめました。それすら失ってしまったら自分はどうなるか、とその方の不安が強まりました。」という青年の独白から、記憶の遺産として中国体験を描いた武田泰淳の作家態度を明らかにした。
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今後の研究の推進方策 |
今後は戦時上海における田村俊子主宰の中国語雑誌『女声』をめぐる言語空間について総括する。戦時上海の表象として日中作家の言語空間を「陶晶孫(1897~1952)と草野心平(1903~88)」「火野葦平(1903~60)と安部知二(1903~73)」「武田泰淳(1912~76)と堀田善衛(1918~98)」「室伏クララ(1918~48)と張愛玲(1920~95)」という視点から解明する。さらに、戦時上海における言語空間という視点から、『女声』で活躍した陳綠尼や陶荻崖や柳雨声などに焦点をあてると同時に、戦時上海という体制下の統御を超えて日中相互に密接に関わった10人の作家が、それぞれの作品で「文学は戦争に拮抗できるのか」という空前絶後な歴史的言語空間に果敢に挑んだ、テキストという名の戦場を分析し、戦時上海における田村俊子の中国語雑誌『女声』をめぐる言語空間の総合的研究を完成する。
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次年度使用額が生じた理由 |
感染症拡大防止のため、上海図書館への実地調査が不可能となり、旅費が大幅に使用できなかった。今年度は国会図書館のサービス等で収集した文献資料や海外から取り寄せた資料を分析および解明し、資料集を作成する予定である。
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