従来の知見では視覚系が同時に処理できる物体数は最大でも7個程度とされてきた。それだけに、多数の物体を内包するシーンの知覚が0.1秒以下の刺激提示時間で得られるという知見は従来の知見では説明が難しい。近年、視覚系は多数の物体を含むシーンの周辺部分を方位と空間周波数からなるテクスチャとして処理することでシーン知覚を実現しているという報告もなされているものの、ヒトは主観的にはシーンをテクスチャではなく、種々の物体に満ち溢れた空間として感じており、主観的体験と実証的な知見の間には乖離がある。本研究はこの乖離の解消に挑むべく、観察者の中で生成されるシーン知覚表象の内実を明らかにしていく。 令和4年度は、彩り豊かなシーンが体験できる原因の1つとして、十分には知覚できていないシーン情報を日々生活する中で得られるシーンの経験・記憶に基づいて補完している可能性を考え、主としてシーン記憶に関わる以下の実験を行った。①様々な大きさの中心部の有彩色領域と周辺部の無彩色領域からなるシーンキメラ刺激を記憶するように参加者に求めて、後に中心部の有彩色領域を再生するように求めた。その結果、参加者は実際に提示されていたよりも空間的に拡大する形で有彩色領域を再生することが示された。②記憶されたシーン画像の主観的な解像度が実際に提示されていた画像の解像度と比べて同程度であるのか、異なるのかという記憶の質について定量的に検討した。様々な解像度を持つ種々のシーン画像を記憶するように参加者に求め、その後、様々な解像度の同一シーン画像で構成された選択肢から記憶したものを選ぶ再認課題を行った。その結果、実際に呈示されていた画像の解像度よりも高い解像度の画像が選択されることが示された。シーン知覚と記憶を直接的に結び付ける研究を展開していくために予備実験に着手したところである。
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