無侵襲での血中脂質濃度計測を目的とし,中赤外減衰全反射法をベースとする光学的手法を用いて,ヒト皮膚表面の赤外吸収スペクトルを取得し,スペクトルからの多変量解析による血中脂質濃度予測を試みた.摂食前後の数時間にわたり体表部(指先)の吸収スペクトルを測定し,同時刻に採血による直接測定で得た血中脂質濃度と比較しながらその推移を追った.摂食後は食事由来の脂質代謝により,中性脂肪トリグリセリド(TG)の血中濃度が大きく変動する一方,コレステロール群にはさほどの濃度変化はない.指先の赤外吸収スペクトルにおいて摂食後の変化の大きい波数域を,各脂質成分の構成成分由来の吸収波数と照合したが,少なくとも単一成分の濃度推移とは期待されたような一致は見られなかった.代謝の過程には非常に多くの物質が関与しており,スペクトル情報からそれらの寄与度を分離抽出するためには多変量解析の導入が必須である.スペクトルと同時刻に取得された血中TG濃度の測定値を目的変数,波数域3000-500/cmにおける指先の吸収強度を説明変数とし,成分数3の一個外し交差検証によりPLS回帰を行った.被験者2名における,指先のATRスペクトル吸収強度からの血中TG濃度への回帰直線は,切片の値はやや異なるものの傾きはほぼ一致していた.濃度予測値の実測値との相関係数R2は両者とも0.6程度であり,互いの回帰直線を用いた場合の相関の低下は0.04程度であった.中性脂肪TGに関しては,全スペクトル情報からの血中濃度へのPLS回帰直線が異なる被験者間でよく近似し,無侵襲での予測可能性を示したが,95%予測区間が実測値の±30%以上とその精度は不足していた.一方LDL,HDLコレステロール濃度に関しては,体表部の全スペクトル情報からの血中濃度へのPLS回帰結果は実測値との相関が高く,95%予測区間も実測値の±10%程度と良好な結果であった.
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